想い出/太陽-2

 二人だけの約束が契られると、より二人は親密になった。よく一緒に行動しようとしたし、目が合うと互いに頬を紅く染めたりもした。

 それをからかいもせず、正詠と遥香はにこやかに見守っていた。

 彼らはそんな日々がずっと続くと思っていたのだ。ずっと、このような穏やかな日々が続くと思っていたのだ。


 そのときが、来るまでは。


 太陽たちの学年が上がると、全員揃うことは少なくなった。正詠と遥香は習い事を始め、太陽は遊び盛りの愛華の面倒を見ることが多くなってしまった。

 勿論、愛華を連れて光に会うこともあったが、幼い愛華にとって山道は辛く、連れていった翌日にはよく体調を崩していた。

 そんなある学校帰り、太陽は一人で花畑に向かった。

 子供なりにストレスを感じ、何がなんでも光に会いたかった日だった。


「何だよ、正詠も遥香も習い事って。正詠の塾は何となくわかるけど、遥香がピアノって似合わねぇっての。ちぇっ」


 ぶつくさと文句を言いながら、太陽は裏山の道を進んだ。

 梅雨前のこの日、空は珍しく晴れていた。時折湿っぽい風は吹いたが、それを除けば穏やかで気持ちの良い天気だった。

 だからかもしれない。だからこそ太陽は、光に会いたかったのだろう。この青空のような瞳の彼女に。


「今日はいるかな、光ちゃん……」


 花畑の中央には、いつもの彼女がいた。


「光ちゃーん」


 太陽が名前を呼びながら手を振ると、光は優しく微笑んだ。それを見た太陽は、彼女の元に駆け寄った。


「久しぶりだね、太陽くん」

「久しぶり、最近来れなくてごめんね?」

「ううん、いいの。今日は愛華ちゃんいないの?」

「うん。あ、呼んだほうが良かった?」

「えっと、その……」


 困ったように光は笑みを浮かべた。その真意を太陽は汲むことが出来ずに、首を傾げた。

 複雑な問いかけだったろう。彼女としては太陽が来るだけで嬉しいのだが、ここでそう答えては愛華が邪魔だと言っているようなものだから。


「あれ、今日は髪、いつもと違うね」


 深く考えない太陽はすぐに次の話題へと移る。


「うん。今日結い方教えてもらったの」


 いつも髪を結わない光は、照れ臭そうに言った。


「すっげぇ可愛いよ、似合ってる!」


 朗らかな太陽の笑みを見て、光は顔を真っ赤に染めた。


「ありがと……」

「あ、遥香も最近髪がオダンゴになったりしてるし、今度教えてもらおうよ」

「うん」


 物悲しそうに、光は頷いた。

 そこで太陽はようやく彼女の変化に気付いた。


「元気……ないね」

「そんなことな……」


 言いかけて、光は首を振った。


「ねぇ太陽くん。私ね、長く生きられないの」

「え」


 さぁっと、生温い風が吹く。


「私ね、もうすぐ死んじゃうの」

「嘘……だよね?」

「ううん、ホント」


 それでも彼女は微笑んで、太陽を見た。青い瞳からは涙がぽろりと零れ始める。


「あと、どれくらい会えるの?」

「わかんない。でもね、あと少し」

「嫌だよ……僕」

「私も嫌だな、太陽くんに会えないの」


 泣いているのに、彼女は微笑みを崩さない。

 まるで天気雨のような涙だ。

 太陽はそう思った。青い空から、はらりはらりと切なく落ちる雨粒。それを彼は止める術を知らない。胸が締め付けられるような感覚に耐えきれず、彼は彼女を抱き締めた。


「太陽くん?」

「僕が、助けるよ。守るって約束したから」

「うん」

「だから、死なないで。僕に君を守らせてよ……」

「太陽くん……私はね、あなたの中で生きられるの」

「どういうこと?」


 太陽の涙腺に熱いものが溜まり、零れそうになった。


「本にね、書いてあったの。私が死んでも、私はみんなの記憶の、心の中で生きられるって」

「そんなの、嫌だよ……だってそれじゃあずっと、光ちゃんと新しい思い出作れないよ」


 太陽の涙が零れ、光の頬を伝った。


「私、太陽くんの笑う顔好きなの。お空の太陽みたいにね、ぱぁっと気持ちが明るくなるの」

「僕は光ちゃんの目が好きだよ。青空みたいに綺麗で、嬉しくなるんだ」


 光は太陽の体をぎゅっとより強く抱き締めた。


「みんなと一緒に学校、行きたかったなぁ」


 光の体の震えが、太陽に伝わる。


「一緒に宿題やったり、かけっこしたり、かくれんぼもしたかったな……あとね、あと……」


 一度嗚咽が漏れそうになったが、光はそれを飲み込んで。


「太陽くんとね、結婚したかったなぁ……真っ白なドレス、とっても綺麗なんだよ。写真で見たことあるの」

「うん、うん……」


 二人は必死に嗚咽を噛み殺していた。

 どうしてかはわからないが、ここで嗚咽を漏らしてしまうと、もう二度と会えない気がしたのだ。


「太陽くんの顔、見せて」


 二人はゆっくりと体を離す。

 光は微笑んでいた。しかし、太陽は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。


「太陽くん、笑って」

「うん……」


 太陽は無理矢理に笑顔を作った。


「太陽くん、大好きだよ」

「ひか……」


 太陽の返事を覆うように、光は自分の唇を太陽の唇へと重ねた。


「私の大好きな太陽くんに、ファーストキスあげる」


 太陽は涙を拭った。


「今日夜にまた会おう。一緒に学校に行こうよ。そこで結婚式をしよう」

「太陽くん……」

「迎えに来るよ、ここに」

「うん、待ってる」

「指切り、しよう」

「うん」


 二人は互いに小指を絡める。


「約束だよ、光ちゃん」

「約束だね、太陽くん」


 そして二人は笑顔を浮かべた。

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