想い出/太陽

 顔に絆創膏を貼っている少年二人と、少女一人が歩いていた。

 道で拾った立派な枝を振り回しながら先頭を行くのは天広太陽。

 続くのは本を抱える高遠正詠と、女の子らしい可愛らしいワンピースを着た那須遥香。

 三人は秘密の遊び場に向かっていた。


「ずんずん、ずんたっかたーん」


 適当な鼻唄を口ずさみながら、太陽は歩く。


「なぁ太陽。今日はいるかな?」


 正詠は腕の中に恐竜図鑑を持っていた。


「んー……わかんね!」


 笑いながら太陽は答えた。


「光ちゃん、病気だったんだね……」


 遥香は暗く言うが、それすらも太陽は笑い飛ばした。


「だいじょーぶだって! 僕達と遊んでるときはあいつも元気じゃん! 今日いたら手鞠やろうぜ、手鞠! あれ僕好きだ!」


 ずーんずーん、ずんたっかたーん。

 太陽の鼻唄と底抜けに明るい声に、正詠も遥香も少しずつ表徐を明るくしていた。

 裏山の獣道に入り、太陽は邪魔な草葉を手に持つ枝でどかしながら前に進む。やがて道は開けると、そこには花畑が広がっていた。


「あ、いるいる。おーい、光ちゃーん」


 太陽が枝を高く掲げて手を振ると、花畑の真ん中にいる少女も手を振った。


「ダッシュー!」


 三人は少女の元に駆ける。


「久しぶりー光ちゃん!」

「久しぶり……」

「おひさー!」


 それぞれの挨拶が少女に……天草光にかけられた。


「久しぶりだね、みんな」


 光が笑うと、僅かに髪がさらりと靡いた。それは絹のように美しかった。


「ごめんね、最近来れなくて……」

「いいっていいって! なぁ光ちゃん! 今日は手鞠やろうぜ、手鞠!」

「恐竜図鑑読もうよ」

「おままごとやろ、おままごと!」


 困ったように笑う光の瞳は、澄んだ青空のような色をしていた。


「じゃあ恐竜図鑑から読もう? 私、初めて見るから楽しみ」


 光がそう言うと全員は頷き、円になるように座った。

 いつもの光景だった。

 天草光という少女は、彼らと同じ年齢だというのにどこか大人びており、頭も良かった。学校に通っていないはずなのに、彼らの宿題をわかりやすく彼らに教えたこともあった。また一度見聞きしたことは忘れず、一年前に何が起きたかすらも、彼女は鮮明に説明できた。

 ガキ大将とも言える太陽も、天草光には素直になり頼りにしていた。


「へぇ……凄いね。こんな骨格してるんだ……」

「こっかく?」

「えっとね、骨の形のことだよ」


 正詠の質問に簡単に答え、にっこりと笑みを返す。

 四人はしばらく恐竜図鑑を読むと、最近のことについて話し始めた。


「また愛華ちゃんがいじめられたの?」

「そうなんだよ! あいつら愛華が可愛いからってちょっかいかけやがるんだ! 僕そういうの大っ嫌いだ!」

「そうだね、太陽くんはそういう人嫌いだもんね」

「一緒に遊ぼうって素直に言えばいいのに! 光ちゃんもそう思うだろ?」

「うん。私もそう思う」


 朗らかな太陽の笑顔に、光は少し頬を紅く染めた。


「でもいくらなんでも六年生が出てくるのはずるかったよね」


 遥香は頬を膨らませながら、そのときのことを思い出した。


「何で俺まで太陽の喧嘩に巻き込まれないとダメなんだよ……」

「愛華はチーム太陽の仲間だろ! だから助けるに決まってるじゃんか!」

「チーム、太陽?」


 ふふ、と光は笑った。


「あ、光ちゃんも勿論チーム太陽の一人だからな! 色はピンク、ピンクな!」

「ふふふ、ありがと」

「僕はレッドで、正詠はブルー、遥香はイエローで、愛華はホワイト!」

「えー私イエロー?」

「イエローはカレー好きなんだぜ!」

「カレーよりもシチューがいい」


 太陽と遥香の掛け合いに、更に光は笑いだした。


「もう……ふふ、面白いね」


 光と太陽が楽しそうに話しているのを見ながら、遥香は正詠の手を引いて奥の桃色の百合が咲いてる場所まで歩いていった。


「あ、光ちゃん! 手鞠やろうぜ、手鞠! 俺が歌う!」

「うん」


 太陽が手鞠歌を口ずさむと、それに合わせて光が手鞠を打つ。


「ねぇ太陽くん。やっぱり遥香ちゃんが好きなの?」


 太陽は手鞠歌を止め、光へと優しく声をかける。


「遥香は、結婚したい〝好き〟じゃないよ。僕が好きなのは……光ちゃんだよ」


 あまりにも素直に太陽は口にした。

 光は僅かに戸惑うが、はにかむように幸せな笑みを太陽に向けた。次に太陽が驚くが、彼もまた似たように笑みを返した。


「だから何があっても光ちゃんは僕が守ってあげるから!」

「本当に?」

「うん、本当に!」


 根拠などない約束だ。しかしそれは太陽の胸に、そして光の胸にしっかりと刻み込まれた約束だった。

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