想い出/8

 病院に着いてすぐ、全員がこっぴどく叱られた。

 特に太陽の両親からはひどかった。それも仕方ないことだろう。


「うちの愛華まで入院させて、殺す気なの!?」


 太陽の母は泣きながら叫び散らし、それを太陽の父は肩を抱きながら何とか落ち着かせようとしていた。

 結膜下出血をはじめとした頭部の毛細血管からの出血。それが愛華の血涙の原因だったと、彼らは聞いた。あと少し……あと少し血管が切れていれば、それは脳へ重大な障害を残した可能性があったということも。


「すみま……せん」


 正詠が謝罪の言葉を述べると、遥香、透子が続いて頭を下げた。そんな中で、ぎりと蓮は奥歯を強く噛んだ。彼の体は小刻みに震え、「すみません、でした」と何とか振り絞るようにその言葉を吐き出した。


「母さん、僕が頼んだんだよ。愛華のことは、ごめん」


 ぱしん、と母は太陽の頬を叩いた。


「あんたは……あんたはいっつも愛華を連れ回して! 子供の頃から何にも変わってない!」


 じんと痛むその頬に、太陽は手を当てた。


「ごめん……」

「あなた達も出てって! もうこれ以上、うちの子供を変なことに巻き込まないで!」


 太陽の母の瞳には涙が浮かんでいた。自分の子供を愛し、そして愛した子供が傷付いたことに苦しむ涙だ。〝子供〟ならきっと……一度は見たことがあるその涙に、彼らは胸を締め上げられた。しかし、そんな親の言葉を遮ったのは他でもない、実の子供だった。


「母さん。少しだけ話したいんだ。みんなと、愛華も一緒に」

「あなた、こんな時に何を……!?」

「お願いだよ、母さん。もう抜け出したり愛華を引っ張り回さないからさ」

「駄目にきまっ……!」


 ぴこん。

 ねぇ、いいじゃない。

 太陽の母の相棒、〝シシリー〟は温かい微笑みを浮かべながら、語る。

 あなたの息子って感じ。私、信じても良いと思う。


「シシリー、あんたまで……」


 ぴこん。

 お願い、私たちの息子じゃない。


「母さん。君の相棒もこう言ってる。こいつらにとって大切なことなんだろ。愛華も命に別状はないし、な?」


 父もまた、相棒と同じように優しい笑みを浮かべ母に語り掛けた。


「あなたまで……もう、少しだけだからね。あと私達も話を聞かせてもらうからね」

「ありがとう、母さん」


 太陽は笑みを浮かべると、母は太陽の病室から出ると少しして愛華を連れて来た。

 愛華は頭に包帯を巻いており、その包帯は両目にまで巻かれていた。


「おかあ、さん?」

「太陽たちが話があるんだって。私達も近くにいるから」


 場に緊張の糸が張り詰める。


「えっと、そうだな。正詠」


 太陽は困ったように正詠に笑みを向けた。


「……そうだ、な。順序的にまずは」


 正詠はテラスを見た。


「お前の相棒の話からするぞ」

「……頼む、正詠」


 重い雰囲気は変わらず、正詠は話し出した。

 言葉を選びつつ、天草光の話には触れずに。新しい思い出を少しずつ紡ぐように、ゆっくりと。


「えーっと、ホントにこいつが僕の相棒なのか? あのファブリケイトじゃなくて?」

「あぁ。お前の相棒はこいつだ」


 ベッドに横たわる太陽の上で、テラスはじっと彼を見つめる。


「んー……」


 太陽は首を傾げた。


「……おい、優等生」

「わかってる、蓮。でも今は両親がいる。変なことを言っちゃあ……」

「でもよぉ……」


 普段ならば面倒くさがって声を荒げるのだが、さすがに気を遣っていた。


「あなた達、何を隠してるの?」


 さすがに母が口を挟む。


「言っちゃえばいいじゃん」


 愛華が自嘲気味に笑い、冷たい言葉を吐く。


「またにぃをダメにしたいんでしょ! あはっ!」

「……正詠、私、もう言う」


 愛華の態度に腹を立てた遥香は立ち上がり、太陽の胸倉を掴んだ。太陽の両親が何事かと驚いたが、相手が遥香ということで戸惑っている。


「テラスさ、誰かに似てるよね?」

「誰に……」

「天草光ちゃんに!」


 その言葉を発した途端、太陽は遥香を突き飛ばした。


「わっ」


 倒れそうになった遥香を正詠が支えつつ、太陽をじっと見る。


「知らない」


 太陽は短く言い切る。


「僕じゃ……ない」


 太陽は頭を両手で押さえようとすると、それを蓮が制止する。


「思い出せよ……テメェの大事な幼馴染なんだろうが!」


 頭痛がするのだろう。太陽は目元をぴくつかせながら、眉間に皺を寄せている。


「僕は殺して……ない」


 太陽の瞳から、涙が流れる。


「殺して、ないんだ」

「当たり前だ、お前が天草を殺すわけねぇだろ」


 正詠は蓮の肩をぽんと叩き、そして大きく息を吐いた。


「俺たちに聞かせてくれよ。もういいんだよ、お前一人で抱え込まなくても」


 正詠は悔しそうに口にした。

 ずっと……十年近くも言葉にしなかったことを、ようやく正詠は太陽に伝えた。何度か彼も言おうとした。〝天草〟のことを話してくれないか、と。しかし結局言えずにいたのだ。それを聞くことで、真実を知るのが怖かったから。


「俺は……もう天草からもお前からも逃げない。受け止めるから」

「私も、正詠と同じだよ、太陽」 


 幼馴染二人の言葉に太陽は震えながら言葉を繋ぐ。


「僕は、ただ……ひかりを……助けたかっただけなんだ」


 自分が見てしまった、もう一人の幼馴染の最後を。

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