想い出/コワレタパズル


――君は天広愛華ちゃんだね?


 にぃがバディタクティクスにのめり込んでいる時、彼に出会った。


――君のお兄さん、太陽くんを


 私の気持ちを知っている、見ず知らずの人の言葉に。


――私が君に力をあげよう。


 そのとき、私は確信したの。


――もう彼を傷付けさせたくないだろう?


 ようやっと神様は、私にチャンスをくれたんだって。


――君に相棒を貸してあげよう。とっても強い相棒だ。君のお兄さんを守れるほどに。


 私は、にぃを助けられるんだ。


――とっても似合うよ、愛華ちゃん。


 そのとき、ちくりと頭が痛んだ。


――さぁ愛華ちゃん。まずは邪魔な相棒を取り除く作戦から始めよう?


 でも、気にならなかった。

 だって、私はこれからにぃを取り戻すのだから。

 これぐらいの痛み、どうってことないもの。


――……


「ねぇにぃ。ここから出たら買い物行こうね! あはっ! 私、首輪が欲しいな! にぃに付けてあげるからね!」


 ずるりずるりと、愛華は太陽を引きずっていた。

 愛華の額には大粒の汗が浮かんでおり、呼吸は荒かった。それでも彼女は笑みを浮かべながら、太陽を運んでいた。


「あははっ! あと少し、あと少しだね、にぃ!」


 愛華の瞳から急に血が流れ始めた。


「痛……」


 愛華は頭を抱え座り込む。


「痛、い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」


 ずきりずきりと、彼女の頭は割れるほどに痛み出していた。


「なんで、今まで、こんな!」


「やぁ、愛華ちゃん」


 その痛みの合間を縫うように、男の声とかつんという靴の音が愛華に届く。


「パーフィ……ディ?」

「久しぶりだね。どうだい、調子は?」

「頭がぁ……痛い!」

「あっはっはっ」


 パーフィディと呼ばれた男は朗らかに笑い、手を叩いた。


「それは望みのものを手に入れたからだよ、愛華ちゃん。知らなかったのかい?」

「いた……い……の」

「それは君が望んだ痛みだ」


 パーフィディは愛華を見下ろせるまで位置まで来ると、その場に屈み彼女の顎をくいっと引き、じっくりと顔を見る。


「良い顔だ……お兄さんを手に入れた顔をしている」

「あはっ……あははっ!」


 痛みは消えないが、愛華は笑った。


「愛華ちゃん、何を手に入れたんだい?」

「にぃを助けたの! あははっはははっははははは! やっと助けたの! 私がにぃを助けんだよ、パーフィディ!」


 愛華は太陽の頭を抱いた。


「そうかいそうかい」


 パーフィディは慈しむように愛華の頭を撫でた。


「もう誰にも邪魔させない! あぁ私だけのにぃだもん! ようやっと手に入れた!」

「そうだね、君の言う通りだ」

「ねぇパーフィディ! 私よくやったよね! あんな、あんな奴らよりも役に立ったよね! 私のリジェクトを見てあいつらびびって、あははっ!」

「うんうん」

「これからリジェクトを使って、にぃを守るの! 私とリジェクトって、きっともっと仲良くなれるよね!」


 愛華はSHTITとパーフィディを交互に見た。


「君は間違っていないよ」

「もう何にもいらない! あはっ! 私とリジェクトがいれば何でもできるもん!」

「そうだね、愛華ちゃん。じゃあ、お兄さんの相棒はもういらないね。君にはリジェクトが、お兄さんにはファブリケイトがいるのだし。さぁ私に渡しなさい、テラスを」

「テラスなんていないよ! あんなのいらないじゃない! にぃは私とリジェクトがいればそれで!」


 壊れかけた愛華に、パーフィディは笑みを向けるのを止めた。


「……役立たずめ」


 瞬時に冷たい言葉を吐き、太陽へと視線を向けた。


「くだらん……」


 その太陽の服を調べるが、彼が望むものはなかったらしく舌打ちをし、愛華を睨み付けた。


「所詮はガキ。感情を優先するか。まぁ良い、〝マリオネット〟のサンプルも取れた……次はもう少し年齢を上げて男性サンプルにするか」


 一人で呟きながら、パーフィディは愛華を見た。


「あぁそうだ愛華ちゃん」


 愛華は首を傾げた。


「君の大好きなお兄さんをね、誰よりも傷付けたのは君だよ。君のせいだ。君のせいで、お兄さんは二度と戻らないかもね?」

「へ……?」

「君がお兄さんを傷付けたんだよ。私の言う通りにしなかったからね」


 にっこりと仮面の笑みを浮かべ、パーフィディは愛華の頭を撫でた。そして笑いながら愛華の元を去っていた。


「私、悪く、ないよ……」


 かつん、かつん。

 足音は遠ざかる。


「私は、上手くやったじゃない……」


 やがて足音は聞こえなくなった。

 ずきりと一際頭が痛む。


「違う、もん!」


 頭の血管が焼けるような錯覚。しかし、それは決して錯覚ではなかった。


「私悪くないもん!」


 愛華は左手に付けられているSHTITを自分の腕ごと叩き付けた。ぱきりと音を立て、それは腕から外れる。


「私は、にぃを、守りたかっただけで!」


 今の彼女は気付きもしないだろう。

 このSHTITこそが彼女の頭痛の原因で、それを外したことで奇跡的に彼女は一命を取り留めたのだと。


「ねぇにぃ! 私、悪くない、悪くないよね!」


 ぽろりと、ようやく普通の涙が流れた。


「私は、悪くない、よね!?」


 涙が太陽の頬に落ちたとき、僅かに太陽は瞼を開いた。


「にぃ?」

「また……いじめられたのか、愛華?」


 小さな、小さな声だった。


「どこの奴だ? また、砂の山を崩されたか? ボールを取られたのか? 兄ちゃんに言ってみろ……絶対、助けてやるから」

「にぃ……にぃ!」


 太陽はゆっくりと右腕を伸ばして、愛華の頬に手をやった。


「お前は……僕の妹だろ? 兄ちゃんが、絶対お前を守ってやるから……な? 兄ちゃんに、任せろ……」


 その手を愛華は握り。慟哭をあげる。


「あぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

「泣くな……よ、愛華。兄ちゃんに、任せろ……」


 弱々しくだが、太陽は微笑んだ。

 大切な妹を泣き止ませるため、昔からずっと変わらない微笑みを浮かべ。


「お前は、僕の妹、だから……」

「あ……あぁ……」


 太陽はゆっくりと瞼を閉じ始めた。それとほぼ同時に。


「ようやっと……追いついたぞ」


 太陽の頭を抱えている愛華の背中に、正詠が声をかけた。


「愛華!」


 愛華は振り向く。

 瞳から、血が混じった涙を流しながら。


「にぃは……私の、だもん」


 辛そうに。

 苦しそうに。

 痛々しく。


「私だって……にぃを、助けるんだから」


 より強く、愛華は倒れている太陽の頭を抱いた。


「あなた達なんて、だいっきらい!」


 口を大きく開け、愛華は泣き叫んだ。


「いっつも、いっつもにぃをあなた達は助けてくれないじゃない! 約束したのに! 約束……してたのに!」


 息を切らしながら、正詠と遥香は愛華と太陽に歩み寄った。

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