想い出/5
百合の花弁が風と共に舞う。
可愛らしい笑みを浮かべる少女を、愛でるように。
「太陽、愛華から聞いたんだな?」
確信めいた質問に、太陽は「おう」と短く答えた。
それが彼らにとって、どれだけのことかを全く知りもせずに。
「この先に行くんでしょ、みんな?」
愛華の笑みは崩れない。花々を踏みながら彼女は進んだ。
「行こうぜ、みんな。探検探検!」
愛華に続き太陽は進む。
「おい、優等生。俺は有り得ないと思うが、お前はどうなんだ」」
正詠と距離を詰め、蓮はぼそりと呟いた。
「当たり前だ。有り得ない」
そもそも、彼らがこの計画を相談したのは一昨日だ。その時はホトホトラビットのいつもの角席。正詠と遥香は入口が見える位置に座っており、彼らは愛華を確認していない。
「愛華ちゃんに……話した?」
透子は遥香に問いかける。
「話すわけないよ。絶対……邪魔されるもん」
細かい打ち合わせは全て相棒を通して相談し合っていた。
ハッキングという方法を取れば、それも可能だろう。しかし相棒を持たない愛華が相棒同士の会話をハッキングしたというのは、少々現実味が欠ける。
「じゃあ……何で……?」
それが全員の驚愕だ。
何も知らないはずの愛華が、何もかもを知っている。
「おーい、早く来いよー」
遠くで何も知らない太陽は手を振りみんなを呼んだ。
「あいつは能天気な奴だな」
蓮がため息をついた。
「な、言ったろ。愛華には注意しろって」
「ブラコン、ねぇ……」
四人は太陽と愛華を追いかけた。
愛華は迷うことなく進んだ。道らしいものはないというのに、迷うことなく。まるで何度も行ったことがあるように。
「愛華、どこまで行くんだ」
さすがに正詠が愛華に問う。
「もう少し先だよ。あ、そういえば……にぃの相棒見つかったんだよ」
どくん、と正詠の心臓が強く鳴る。
「お、そうなのか?」
「うん! 今私がにぃの相棒と新しSHTITを預かってるの。この先にフルダイブできる施設があるから、そこで久々の出会いってやつを演出してあげる!」
「さっすが出来る妹!」
「待て、愛華。太陽の相棒は……」
にっこりと微笑みながら、愛華は正詠に言葉を乱暴に投げつけた。
「見つけたでしょ、みんなでさ」
有無を言わせぬ雰囲気。
「正詠さん達が、一生懸命探してくれたじゃない」
黙っててよ。どうせあんたらは何もできないでしょ?
正詠はポケットに手を入れ、本当の太陽のSHTITを握った。
ぴこん。
ロビンのメッセージに、正詠は答えずに愛華の背中に付いていく。
やがて辿り着いたのは、静かな建物だった。
「自然村……」
昔、SHTIT研究所と呼ばれ、今は小さな子供たちが課外活動をする場所となっている。
「自然村にフルダイブできる施設なんてあんのか、愛華?」
「ふっふーん! あるんだよぉ、しかもちゃんと許可も取ってます!」
愛華は鞄から施設使用許可証を取り出し、それを彼らに見せた。
「愛華、良く見せてくれ」
「いいよ」
愛華は正詠にその許可証を手渡した。それを四人が覗き込む。
「一週間前、か」
使用申請を行った日付が記載されており、そこには確かに一週間前の日付が記載されていた。
「さんきゅな」
正詠は愛華に申請書を返した。
愛華の余裕の笑みは変わらない。
「ほらほら、行くよ」
また愛華は先頭を歩きだした。
「おい、優等生。ガムやるよ」
「お前、こんな時に……」
「やるよ」
「……あぁ」
突拍子もないやりとりだったが、正詠は蓮からガムをもらい口に含んだ。
そして六人は自然村の中にある建物の中でも一番大きなものの中に入った。電気は点いておらず、薄暗かった。
「こっちこっち」
愛華はどんどん奥へと進んでいく。
「何か、怖い……」
透子は蓮の服の裾を掴む。
「……けっ」
「こっちこっち」
暗い中でも愛華の笑顔ははっきりと見える。
「ねぇ正詠……いくら何でもおかしくない?」
「今更かよ。最初からおかしいだろ」
「そうだけどさ……」
「この階段降りたらすぐだよ」
広い階段を、全員で進んでいく。さすがに地下に向かうせいか、光がなくなり真っ暗闇だ。
「ロビン」
「リリィ」
「ノクト」
「セレナ」
四人は自分の相棒を呼んだ。
ホログラムのおかげか、少し明るくなる。
「便利だよね、相棒ってさぁ」
愛華の顔は見えない。しかし、きっと笑みを浮かべているのだろう。
「よいしょっと」
愛華が重い扉を開こうとすると、正詠と蓮が手伝った。
「ありがと、二人とも」
明らかに社交辞令な言い方だったが、二人は気にしなかった。
学校でも見慣れたフルダイブの筐体が見えた。
「ここは電気点いてるのか」
部屋の中は仄かにライトが点灯していた。
学校とは違いフルダイブの筐体と他に、中央には円状の盤面があった。
「おー……なんか……地味だなぁ」
頬を掻きながら、太陽は言った。
「もう、いいじゃん細かいことは! はい、にぃのSHTIT!」
愛華は太陽にSHTITを渡した。テラスではない、謎のSHTITだ。
「久々に会うなぁ……えーっと、名前は……」
「太陽、お前の相棒は……!」
正詠がテラスを取り出そうとするが。
「もうにぃったら! ファブリケイトでしょ!」
「ちがっ!」
「ほらにぃ! 早く名前を呼んであげなよ!」
「まなっ……」
「早く、にぃ!」
愛華は何度も正詠の発言の邪魔をする。
「妹、お前いい加減に……!」
さすがに蓮が止めようとするが。
「おーそうだったな。ファブリケイト、出ておいで」
太陽は愛華から渡された、記憶の欠片にもない相棒の名前を呼んだ。
ぴこん、といういつもの呼び出し音と共に現れたのは。
「ひさし……ぶ……り?」
漆黒の甲冑に身を包み、至極色のマントをはためかせる相棒。
ぴこん。
ご無沙汰しておりました、マスター。
「えっと……あぁっと……久しぶり、ファブリケイト」
それは、正詠、遥香、蓮、透子たちにとっては、あまりにも見慣れた色合いだ。
「太陽、そいつから離れろ! そいつは、パーフィディの……!」
「あははっははっははははははっははははっ!」
腹を抱え、愛華は笑い出した。
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