想い出/4

 太陽連れ出し作戦、当日。

 打ち合わせ通り、彼らは病院前に集合した。


「俺と遥香は二人で太陽を連れ出す。お前達はここで待っていてくれ。特に愛華には気を付けろ」

「何でそこまで妹に注意すんだよ。話せば協力するだろ」


 やれやれと蓮は肩を竦めるが。


「絶対協力しない」

「絶対邪魔するよ」


 正詠と遥香の即答に「そ、そうか」と蓮はたじろいだ。


「愛華ちゃんはちょっとブラコン気味というか……」

「大分ブラコンというか……」


 二人は顔を見合わせ、ため息をついた。


「まぁその話はいい。行くぞ、遥香」

「うん!」


 二人は病院に向かった。

 姿をなるべく見られないよう、階段を使って三階に向かい、危なげなく彼らは太陽の病室前に到着した。


「時間、大丈夫だよね?」

「この時間なら昼食の片付けも終わって看護師もほとんどいない。行くぞ」

「よっしゃ」


 面会謝絶の札に、二人は顔をしかめながら、戸を静かに開くと素早く部屋に侵入した。


「おー正詠と遥香じゃーん。おひさー」


 ベッドの上で、太陽はひらひらと手を振っていた。


「見舞い?」

「太陽、何も言わず脱げ」

「え、あ、その……僕ノンケですし」

「コントはまた今度な。早く着替えろ」

「コントだけに、またってか?」


 中々言うことを聞かない太陽に、正詠はちっ、と舌打ちした。


「何だよ……久しぶりなんだしいいじゃんか……とりあえず着替えればいいんだろ?」


 ベッドから降りて、太陽はさくっと着替えをを済ませた。


「いやぁ大脱走、楽しみだな!」


 その言葉に遥香は眉間に皺を寄せた。


「あんた、何でここを抜け出すってわかったの?」

「何となくだけど?」


 楽しそうに太陽は笑った。

 その笑顔に正詠は何かを察したが、敢えて口にはしなかった。


「正詠、どうすんの?」

「好都合だ。行くぞ、太陽」

「おうよー」


 三人は慎重に部屋から抜け出し、小走りで病院から出る。

 病院を出てバス停に向かう途中、彼らは蓮と透子と合流する。


「いい感じだな。スムーズだ」

「お、日代と平和島も一緒に遊ぶのか?」


 楽しそうに笑う太陽を見て、蓮は彼の胸ぐらを掴んだ。


「へらへらしてんじゃねぇ、


 それだけ言って、蓮は手を離して背を向けた。唐突すぎる行動に、太陽は助けを求めるように三人を見た。三人は辛そうに目を伏せるだけだった。


「えぇ……何それ……」


 納得いかないように呟くが、バスが来たため、彼らは乗り込む。

 車内では誰も一言も話さず、すぐに目的地に到着した。


「なぁ、これじゃつまらないぜ。もっと楽しく行こうよ」


 太陽はなるだけ明るく四人に言った。


「そうだろ、正詠、遥香?」


 正詠と遥香がよく知っている笑みだ。偽の笑顔ではない。きっと太陽は、本当に楽しく遊ぼうとしており、ならばとこう言ったのだろう。


「まぁそうだな。どうせなら楽しく行こう。いいだろ、蓮?」

「けっ」


 正詠は蓮に笑顔を向けたが、それは「我慢しろ馬鹿野郎」という意図を含んだ笑顔だ。


「何苛々してんだよ、日代ー」


 ぽんと背中を叩く太陽。それに蓮はまた苛立ちを感じる。それは〝違和感〟から来るものだ。いつも通りの太陽の態度。出会ってから、バディタクティクスで共に戦ったその時までと全く同じ。お節介で、屈託のない笑顔。

 怒鳴りそうになったのを、蓮は大きく呼吸することで押さえつける。


――こいつは、何で変わらない?

――何で前と同じ笑顔を浮かべられる?

――お前にとって、俺たちの思い出ってのはそんなもんなのか。


「絶対に……取り戻してやる」


 ぐしゃりと蓮は太陽の頭を撫でた。


「なんだよ、日代」

「何でもねぇ」


 蓮は正詠と遥香を見た。


「おら優等生、メンヘラ。早く案内しろよ」

「……あぁ、行くか」


 蓮の気持ちをちゃんと察し、正詠は先頭に立った。


「なぁ遥香、どこ行くんだ?」

「んー? 最近秘密の場所を見つけたから透子と蓮、それとあんたにも教えておきたいの」

「お、何それ。懐かしいな、そういうの!」

「……うん。懐かしいの」

「遥香?」

「……馬鹿」

「え?」

「ほら、歩け歩け病人! リハビリ!」

「押すなって!」


 遥香に背中を押されながら、太陽は歩いた。

 昔の懐かしい道を。

 今は見覚えのない道を。

 子供のころ、何度も歩いた道だというのに。彼は今、何もわからず子供の頃のように心躍らせながら、歩いていた。


「あと、少しだ」


 先頭を進む正詠が言うと、一度振り返った。


「驚くぜ、太陽」

「へへ、期待してる」


 獣道を抜けたその先は、一面百合の花畑だった。

 白一色の百合がほとんどだったが、ちらほらと花弁の先が淡い桃色のものが見られた。

 全員が横並びに立つと、風が吹いた。

 梅雨を前にした風は生温く、甘い百合の香りをより濃く彼らに感じさせる。

 空は僅かに雲を残すが、それでも明るい。


「おー……」


 太陽が感嘆の声を上げた。


「どうだ、太陽?」

「すげーいい場所じゃん」


 太陽に変化はない。


「何か、思い出さないか?」

「へ?」

「何でもいい。何か、思い出せないか?」

「んん?」


 同じことを二度、正詠は確認した。しかしそれでも、太陽に何も変化はない。


「えーっと何を言いたいかわからないけど」

「ここは昔……」


 ざぁっと風が強く吹いた。


「にぃ、来れたんだ」


 正詠たちが歩んでいた道とはまた違うところから、彼女は現れた。


「おー愛華。遅いぞー」


 天広 愛華。太陽の妹で、太陽と血が繋がっているのかと疑うほどの可愛らしい少女。


「ごっめーん。学校サボるのに手間取ってさ」


 正詠、遥香、蓮、透子の体が固まる。


「あ、正詠さん、遥香ちゃん。ありがとう、


 百合の花弁が風と共に舞う。

 可愛らしい笑みを浮かべる少女を、愛でるように。

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