想い出/3

 正詠と遥香二人が向かったのは、いつもの喫茶店ホトホトラビットだ。

 扉を開くと店長は少し驚いたような表情を浮かべたが、顎でいつもの席に行くように促した。

 正詠と遥香は「いつもすみません」とでも言うように、苦笑を浮かべながらいつもの角席に向かう。


「おう」

「おかえり、二人とも。太陽くんはどうだった?」


 正詠は机の上に太陽のSHTITを置いた。


「これは……?」


 透子は首を傾げた。

 机の上にいたセレナはSHTITを二度叩く。するとテラスが現れ、セレナは驚いて尻餅をついた。


「テラスちゃん!?」


 透子の声に蓮も驚き、それを見やった。


「なんで……だ?」

「俺達も詳しくは知らない。だが、聞いたことは今から話す」


 正詠はなるべく丁寧に、漏れがないようにしっかりと話した。

 太陽が発作を起こしたこと。

 発作の原因となったのがテラスだということ。

 太陽は〝光を殺してない〟と言ったこと。

 テラスが、〝助けを求めた〟こと。

 太陽はきっと、忘れていないこと。


「忘れていない、か」


 安堵にも似たため息を蓮は漏らす。


「でもこのままじゃ……」


 蓮とは対照的に透子のため息は重い。


「覚えていて忘れたしてるなら、やることは一つだと思わないか、二人とも?」


 そんな蓮と透子に、正詠は少し困ったような笑みを向けた。


「えっと……?」


 正詠の意図を読み取れない透子。しかし蓮はにやりと笑った。


「ぶん殴るのか」

「え!?」


 蓮の発言に、透子は二人を交互に見る。


「殴りはしない。ただショック療法というのは正しい」


 正詠はロビンを見た。


「ロビン、太陽を連れ出せる日はあるか?」


 ロビンは頷いて情報を探し始める。


「今週の金曜退院するんだろ、その日でいいじゃねぇか」

「駄目だ。このままだと退院は延びる」

「何でそう言いきれる?」

「太陽の体に異常はなくとも、精神的に不安定すぎるからだ。このままじゃああいつは精神病棟行きだ」


 ぴこん。


「良くやったぞ、ロビン。情報を全員に共有だ。勿論、テラスにも」


 ロビンは頷いて情報を展開する。


「お昼が終わって、すぐ?」


 透子は表示されたホログラムを指でスワイプしながら確認していた。

 ホログラムには病院の見取り図、昼食や回診などのスケジュール、その他必要であろう情報が記載されている。


「っていうかお前……こんな情報どこで手に入れたんだ?」

「バートンにお願いして、な」


 言いながら正詠は別の情報を探し、それを再度共有する。


「言っとくが平日だ。全員午後の授業をサボることになるぞ」

「俺はいいぜ。勉強するより大切なことだからな」

「私も……太陽くんやテラスちゃんのためなら」

「もちのろん!」


 皆が賛成し、正詠はにっこりと微笑む。


「よし。じゃあ軽く打ち合せして、明日の予習をするぞ」


 透子は頷いたが、遥香と蓮は正詠を睨んだ。


「いや、え、なんでなの?」

「それには反対だ」

「何言ってんだ。学生の本分は勉強だ。そうだろ、相棒?」


 相棒に声をかけると、全員が面白そうに頷く。


「六対ニで勉強派多数。遥香と蓮の意見は却下」

「テメェ……」


 恨みがましく蓮は口にしたものの、さすがに文句はこれ以上出ないらしい。


「決行は明後日の木曜だ。午後の授業も国語と社会だけだし、比較的暗記科目だから予習も楽だしな」

「けっ。勉強の前に打ち合わせだ。それだけは譲れねぇ」

「私も私も! それだけは譲れねぇ!」

「はいはい」


 笑って正詠は作戦の詳細を説明した。

 当日は全員私服を用意すること。

 太陽の私服は正詠が用意すること。

 病院から連れ出すときの注意項目と要注意人物。

 SHTITの情報共有を絶やさないこと。

 イレギュラーな事態が起きたら強硬をしないこと。


「連れ出してどこに行くの?」


 透子の質問に、正詠は僅かに表情を曇らせ、「あの花畑に連れて行く」と答えた。

 正詠の雰囲気の変化に、全員が口を噤むが、正詠は言葉を続けた。


「あそこが始まりの場所だ。そして俺と太陽と遥香と……天草の終わりの場所でもある。だから、あそこで終わらせる」


 ロビンは花畑を表示させた。


「違うよ、正詠くん」


 その花畑を見ながら、透子は優しく頷いた。


「始まりの場所だよ。私達と天草ちゃんの」


 そして透子はテラスを見て、撫でる仕草をした。


「えっと、その……し、親友として、ここから始まるの! みんなのその、辛い記憶とか、忘れたくない記憶とか、楽しい記憶とか。全部ここで、みんなで一緒に、思い出にして、それで、その、私達は親友になれるの!」


 自分で言って恥ずかしくなったのか、透子は頬を真っ赤に染めて俯いた。


「た、太陽くんなら、こういうこと言うかなって……」


 そして透子は、言い訳のように呟いた。

 ぴこん。

 急なメッセージ音に、全員の視線がテラスに集まった。

 ありがとうございます、平和島透子。

 テラスは涙をぽろぽろと溢しながら、何度も頷いた。それを見た彼らの相棒達はテラスの元に集い、互いにまた頷き合う。

 ばーんというSEと共に。

 我ら、チーム・太陽!

 と、あのポーズを取った。


「ははは、透子もやる気は充分。相棒達もやる気は充分。透子の言う通り、ここからまた始めるか。チーム・太陽を」


 正詠が言うと、全員が笑みを浮かべた。

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