情報熟練者/蟻の牙/2

 音もなくフリードリヒはセレナと間合いを詰めた。


「手加減はもうせんぞ?」


 その一言と共に、セレナは吹き飛ばされていた。


「セレナ!?」


 一度のみ咳き込み、セレナは自分の唇を強く噛む。


「またクリティカルではないか」


 フリードリヒは再度距離を詰め、二度軽い一撃を放つ。セレナの足元がふらついたその時、フリードリヒは踵落としをセレナの後頭部に放った。防ぎようのなかった攻撃にセレナは地面に叩き付けられる。


「今すぐそこから離れて!」


 無理矢理にセレナは体を回転させ、その場から逃げる。フリードリヒの追撃は回避できたが、彼女はまだ起き上がれない。


「起こしてやろう」


 フリードリヒはその場で足を踏み込むと、地面が隆起する。それに巻き込まれ、セレナは宙に浮かされる。


「しっかり当てろよ、フリードリヒ」


 フリードリヒは頷くと、体全体を使って拳を振り切った。


――セレナに攻撃がクリティカルヒットしました。


 土煙を上げながら、セレナは吹き飛ばされた。


「よし、ようやっとだな」


 満足したように王城は言うが、気は緩める様子は見せない。少ししてセレナは片膝を付きながらも体を起こす。


「ステータスから考えるに貴様の相棒は脆いはずだが、中々どうして良く耐えるな」


 フリードリヒはゆっくりとした足取りでセレナへと近付いた。警戒は緩めていないが、それでも余裕は見られた。


「さて、降参するか?」

「……しません!」


 透子の答えにセレナは両の目をはっきりと見開き、剣で突きを繰り出す。だが、それを片手でフリードリヒは弾いた。


「まだ足りないか? ならばその気にさせるだけだ」


 フリードリヒはセレナを強く殴ることで倒れさせ、馬乗りの姿勢を取る。

 そして何度も、何度も何度も執拗に、フリードリヒはセレナを痛め付けた。

 やがて反撃する体力が失せたセレナを、フリードリヒはその屈強な腕で軽々と持ち上げる。


「敗北を認めろ、平和島透子。貴様の敗けだ」


 王城の重い言葉が、透子の胸に深く突き刺さる。


「認めません!」

「そうか。フリードリヒ、腕を潰せ」


 フリードリヒはその大きな手で容易くセレナの剣を持つ右腕を捻り潰した。そして痛みに歪むセレナを見ながら、フリードリヒは潰した箇所から下を引き千切る。

 血は出ないが、千切れた箇所からはノイズが走り、より痛々しく見える。


「次は肩だ、潰せ」


 フリードリヒはその手でセレナの右肩を握り潰した。

 ぐちゃりと、プログラムとは思えない生々しい音が響き、セレナの顔にはっきりと苦痛の表情が浮かんだ。

 声が出せないはずの相棒の叫びが、よりはっきりと聞こえるように透子は錯覚する。


「セレナ!」


 セレナの瞳には涙が浮かび、口を大きく広げている。


「平和島透子。降参するか?」

「セレ、ナ……」


 敗けを認めれば良い。そうすれば自分の相棒は助かる。

 呪いにも似た誘惑が瞬間、透子を惑わす。

 そんな瞬間、透子はセレナと目が合った。セレナの瞳が何一つとして諦めていないことに、透子の心が震え、敗北の誘惑を打ち消した。


「セレナ! 戦いなさい!」


 強い意思を帯びた言葉が、セレナを動かした。

 残った腕でセレナはフリードリヒの腕を掴み、鋭く睨み付ける。


「まだ諦めないか、馬鹿が」


 フリードリヒはセレナを叩き付ける。


「戦いなさいセレナ! 腕がないのなら、足で! 足がないのなら、噛み付いてでも!」


 あぁ、なんて残酷な命令だろう。

 それでも、彼女には戦ってほしい。どんなに残酷でも、彼女の気持ちを無下にはしたくない。


「噛み付いて戦う、か。面白い。フリードリヒ、足を潰せ」


 フリードリヒはセレナの両足を一本ずつ踏み砕いた。


「戦って……諦めないでセレナ!!」


 叫ぶように口を大きく広げながら、セレナはそれでも這ってフリードリヒの足へと噛み付いた。


「無様だな。痛め付けろ、フリードリヒ」


 王城の冷酷な命令にフリードリヒは頷き、セレナの頭を蹴り飛ばした。

 それでもまだ……まだセレナは這ってフリードリヒに噛みつく。


「セレナっ!」

「もう諦めろ。これ以上無理強いしては、相棒に見放されるぞ」


 王城の眼光が透子を射抜くが、それでも透子はまだ彼女に命じる。


「諦めないでセレナ! 絶対に、絶対に諦めないで!」


 その言葉を聞いて、王城はとても大きくため息をついた。


「トラウマを植え付けて何になる? 今相棒を真の意味で傷付けているのはお前自身だぞ、平和島透子」

「うるさぁい!」


 透子らしからぬ、強い否定の言葉。


「ここで諦めたら、こんなところで諦めたら! 私はセレナと相棒でいられない! この子を裏切るなんてこと、私はしない! セレナ! 戦いなさい! 絶対、みんなが来るから!!」


 それを聞いて王城は鼻で笑う。


「貴様の仲間は来ない。敗北を認めろ。お前達はよくやった。一度でも包囲から逃げ出した。上出来だ」

「だって、ここで降参したら負けちゃうから! みんなで勝つって、決めたんだもん! わだしは! わだしだちは、絶対に降参なんかしません!!」


 透子の言葉にセレナは更に力を込めて噛みついた。


「これ以上大切な相棒を傷付けたいか? ならばここで倒れろ」

「セレナ! もっと戦いなさい! みんなと一緒に、この誇りを守るために!」

「くだらん。フリードリヒ。もう一本の腕も潰してしまえ」


 フリードリヒは頷き、ぐっと固く拳を握る。


「諦めない……私は、セレナを信じる!」

「それは信頼ではない。過信であり傲慢だ。哀れだな相棒も。貴様ごときの下でなければ、まだ戦えたろうに」 


 王城の侮蔑の一言。

 その一言が……セレナの逆鱗に触れた。

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