情報熟練者/蟻の牙/声援

『あっーーーーーーと! ここでノクトを置いて太陽一行が退却ぅぅぅ! これはノクトを見捨てたかぁぁぁぁ!?』

『まだまだここから魅せるのが渾身の情報初心者ビギナーだぁぁぁ! 耐えろノクトぉぉぉぉ!』


 チーム・トライデントとチーム・太陽の実況は互いに競うように実況を行っていく。

 そんな中、観客席にはチーム・一騎当千の進藤と藤堂はいた。


「あぁ、もう! 飛び道具の射程距離ぐらいであんなテンパって! もう!」

「言うなよ奏。っていうかな、スペシャルアビリティとか使われてそのまま冷静でいられるかよ」

「だって……あっ! あの馬鹿! 避けることに専念しろっての! あぁまた! あーあバットステータスだもん」


 藤堂はお気に入りの日代が王城にされるがままなのが気に入らないのだろう。


「ホントにお前は日代がお気に入りだなぁ」

「なに? 妬いてる?」

「ちょっとな」

「大丈夫、剣のことは愛してるから……ってあぁ! なぁに笑ってんだあいつ、バッカ!」


 あまりに熱中している藤堂の隣で、進藤は呆れたように肩を竦めた。


『ノクトぉぉぉぉ! やられるままなんてらしくねぇぞぉぉぉぉぉ!』


 チーム・太陽側の実況が叫ぶと同時に、しかし、と。進藤はこの状況を僅かに不思議に思う。


――何やってんだぁ日代ぉ!

――ナマコの太陽共! 早く助けに行けぇぇ!

――避けろ避けろ日代ぉぉぉ!


 実況だけではなく、彼らのクラスメイトの応援がやたらと耳に残る。


――日代! 日代! 日代!

――ノクト! ノクト! ノクト!


 確かに決勝戦は盛り上がるのが通例だ。


――イケイケ日代!

――立て立てノクト!


 しかしそれでも、ここまで清々しいほどの声援は通例ではない。いつの間にか二年全員が彼らを応援しているように進藤は感じていた。

 それに比べ、チーム・トライデントの応援は控えめとも言える。王城たちが攻撃を仕掛け、大ダメージを与える度に盛り上がるものの、それだけだ。

 史上二度目の二年が決勝進出ということもあるかもしれないが、それだけではないだろうと進藤は考えた。


『来たぁぁぁぁぁ! 我ら二年のトラブルメイカー、天広太陽率いる情報初心者ビギナー共だぁぁぁ!』


――イケイケ太陽!

――勝て勝て太陽!


 太陽達が日代の救出に戻った途端に、会場が震えるほどに歓声があがる。


「おらおらぁ! 根性見せろ情報初心者ビギナー!」


 藤堂は身を乗り出してまで激励を送っている。


「剣も応援してよ! 私達に勝った二年が頑張ってるんだからさ!」


 爛々と光る目を進藤に向ける藤堂の表情は明るく楽しそうであった。


「(王城のときにここまで笑ってるのは初めてだな)」


 いつも王城戦を見学するとき、藤堂は不機嫌そうにしていた。それだというのに、今回ばかりは違う。


「逃げろ逃げろぉ! 二年共!」


 元よりはっきりとした性格の藤堂。そんな彼女は王城の戦い方を気に入りはしなかった。しかし、去年彼らに破れたことで〝勝利〟へのこだわりを学んだ。それは進藤も同じで、だからこその〝確実な勝利〟をこの大会では目指した。

 それがどうだろう。

 彼らは〝情報初心者ビギナー〟に敗北したのだ。運が悪いのもあったろう。しかしそんなもの、勝負を決めるものではなかった。ほんの数秒、逃げ切れていれば勝てたはずだったのだ。

 そしてそれを覆したのは、負けたくないという、仲間を見捨てたくないという〝わがまま〟だった。


「イケイケ太陽!」


 腕を振りながら応援する藤堂に感化され、周りも彼らを応援していた。

 中央のホログラムに大将の太陽が映し出された。太陽は王城のスキルが解除されたと同時にその場を離れ、スキルを使用した。


『よく助けたぞぉぉぉぉぉ! 我らが太陽!』


――さっすが天広!

――逃げろ逃げろぉぉぉぉ!


 仲間を助けた太陽達に、拍手が巻き起こった。


「はは。しっかり大将やってんじゃん、天広の奴」


 太陽の相棒は実戦には向かない。しかしそれは大将に向かないわけではない。


「テラスはやっぱお前の相棒だな」


 仲間を頼り、仲間を助け、その姿は仲間を自然と呼び寄せる。


「よっしゃ! これで仕切り直しだね!」


 満足そうな笑みを藤堂は進藤に向けて言った。


「そうだな」

「どうしたの、剣?」

「いや、あいつらに勝ってほしいなって思っただけだ」

「そんなの当たり前でしょ!」


 その当たり前がどうしてかなどと、藤堂は疑問にすら思わないのだろう。

 数分とはいえ落ち着いた会場は、風音の登場で再び熱気を取り戻す。


「あ、風音だ!」

「これはやばいな。全員まとまってるぞ」


 風音が炎の円を作り、透子をそこから弾く。それを追撃するのは勿論王城だ。


「あの野郎! 女の子をなんて乱暴に扱ってんだ!」


 フリードリヒがセレナを投げ飛ばしたことで、会場からブーイングが上がる。


「やばいな……」


 セレナは最初は上手く戦えていたが、すぐにフリードリヒの〝〟の反撃で呆気なくダウンした。


『さあぁぁぁぁぁ! フリードリヒの蹂躙だぁぁぁぁ!』

『逃げろぉぉぉぉ! セレナぁぁぁぁぁ!』


――イケイケセレナ!

――退け退けセレナ!


 王城側の応援と太陽側の応援とがせめぎ合う。


 ぐちゃ。


 しかしその応援は一瞬で消えた。


 めきり。


 ホログラム一杯に、セレナの苦痛の表情が映し出された。

 しんと静まり返る会場。そんな中、 真っ先に声を上げたのは太陽側の実況だった。


『くじけるな平和島嬢!』


 会場は困惑に包まれている。


――ひでぇ……。

――いくらなんでもこれじゃあもう……。

――見てられないよ……。


 それでも、太陽側の実況は、海藤は。


『負けるな平和島嬢! 耐えろセレナ! 必ず太陽達が来るからな!』


 必死に彼は声援を送っていた。


『負けるな平和島! 負けるなセレナ!』


 会場では彼の声しかしない。


『平和島嬢が待ってるぞ太陽!』


 実況とはもう言えない。彼は心から溢れる言葉をそのまま口にしているだけだ。


『太陽! 太陽!』


 その声に少しずつ、少しずつ。


『太陽! 太陽! 太陽!』


――イケイケ太陽!

――平和島嬢を守れ天広!

――イケイケ太陽!


 会場は活気を取り戻していく。


「イケイケ太陽!」


 藤堂は椅子に立って声を張り上げた。


――負けるな透子!

――押せ押せ王城!

――イケイケ太陽!

――負けるな王城!

――ダッシュだ太陽!

――勝て勝て王城!


 会場は一気にヒートアップする。


「負けるな平和島!」


 進藤は藤堂のように椅子に立ち声援を送った。


「負けるな平和島!」


――負けるな王城!


「負けるな透子!」


――押せ押せ王城!


 ホログラムに王城の相棒と透子の相棒が映し出される。


『フリードリヒぃぃぃぃ一気に決めろぉぉぉぉ!』


――勝て勝て王城!!


『耐えろ耐えろぉぉぉぉぉセレナぁぁぁぁぁ!』


 そして、ホログラム一杯にセレナの気持ちが表示され、再び会場は静まった。

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