情報熟練者/蟻の牙
投げ飛ばされたセレナは、体を回転させ地面へと危なげなく着地する。
「セレナ、大丈夫?」
セレナは頷き、剣をすぐに構え直した。手から僅かに伝わる震えのせいか、刀身は小刻みに揺れている。
「今のうちにガードアップとアタックアップを……て、そっか。使えないんだっけ……」
王城はすぐに現れなかった。しかしそれが彼女達の恐れをより強いものにしたのは、言うまでもない。
「セレナ、私怖いよ……」
透子は自らを抱き締めた。それでも彼女の恐怖は薄れない。むしろ体は震えだし、彼女の思考を暗い方面へと引きずり込んでいく。
「怖いよぅ……」
あの〝ブラウン〟のように、セレナが蹂躙されるのでは。目の前で自分は何もできず、降参を口にしてしまうのではないか。もう降参してしまった方が良いのだろうか。
そんなとき、彼女らの目の前に〝それ〟は現れた。
「待たせたな、平和島。さて、やるぞ?」
王城とフリードリヒの二人。フリードリヒは拳を固く握りしめ、すぐにセレナとの間合いを詰めた。
「加減してやる。無理だと思ったら降参しろ」
王城はそう言うが、打ち込まれた右の拳は彼の言葉とは真逆のものだった。
めきりとセレナの腹部へとめり込み、一瞬でセレナの意識を刈り取るような一撃だった。
「ほう。クリティカルではないか。加減しすぎたか?」
そして左の拳でセレナの頭部を殴り付け、彼女を地面へと叩き付ける。
「セレナ!?」
「踏みつけろ」
フリードリヒは足でセレナを踏みつけようとしたが、彼女はそれを回避し立ち上がる。
「はは、タフだな」
剣を持たぬ手でセレナは腹部を抑えつつ、呼吸荒くフリードリヒを睨み付ける。
「これは〝決闘〟だ。一方的ではつまらんぞ?」
フリードリヒは再び間合いを詰め、素早い連携でセレナへと拳を打ち込む。
「やめ……て」
小さく、震える声で透子は言うが。
「どうした、貴様はサンドバックにでもなるつもりか?」
フリードリヒは攻撃を止めることはしない。
「やめて……やめてぇぇぇぇ!」
透子は声を張り上げた。
その声に誰よりも驚いた表情を浮かべたのは、〝セレナ〟であった。
「セレナをいじめないで!」
「つまらんな……つまらんぞ」
フリードリヒは攻撃を止めない。
「セレ……セレナ、逃げて!」
透子はセレナを見た。
彼女の顔には既に複数の痣が出来ており、愕然とした顔で透子を見つめていた。
あぁ、逃げられないんだ。なんて、可哀相なんだろう。
透子のその哀れみは、セレナに確かに伝わり、彼女をずたぼろに傷付けた。
「くだらんな……まだ始まったばかりだぞ」
「セレナは、戦いたくなんて……!」
透子がまだ話している途中で、水の槍が空に向かって上がった。
「ようやっとやる気になったか」
透子の指示ではない。これは紛れもなくセレナが勝手に動いた結果だ。
「セレナ……?」
私を……見くびらないで!
透子の視界の隅にメッセージが流れた。
「セレナ……」
「かかってこい、平和島」
ぱしりと自分の頬を叩き、透子はセレナを見た。
無音のメッセージ。それなのに感情的で、はっきりと伝わる想い。
透子は大きく吸って、頷いた。
「うん。そう、だよね。きっと来てくれるよね」
弱気な心に鞭打って、彼女は仲間を待つ選択肢を選んだ。
それがどれだけ困難であるかなど、理解できないわけではないのに。それなのに彼女は、仲間を、相棒を信じる道を選んだ。
「良い目だ、平和島。行くぞ」
そんな平和島の瞳を見て、王城は笑った。
「セレナ! 相手のリズムを見極めて!」
透子の指示を受け、セレナはフリードリヒの連撃を少しずついなしていく。
それはリズムを刻むように軽やかだ。
「ほう……」
この戦い方は遥香とリリィのもの。相手と呼吸を合わせ、リズムを読み、攻撃を回避していく。
「セレナ、右に注意して!」
フリードリヒの左拳が振るわれる前に透子はセレナへと指示を出す。それに従いセレナはフリードリヒの拳を弾き、水の槍を放った。直撃ではなかったがその攻撃はフリードリヒを掠めた。
「足元にウォータフレア!」
セレナは透子の指示を一切疑わずに自分の足元にアビリティを使用する。水蒸気が目隠しのように辺りに広まるが、フリードリヒは地面を思い切り殴った風圧でそれを吹き飛ばした。
「む……どこに……」
水蒸気が消えたもののセレナの姿は見えない。
「上か」
上空に視界を向けた王城とフリードリヒ。予想通りにセレナは上空で剣を振り上げていた。
「アビリティの勢いを使って浮いたか。面白い戦い方をする」
「でぇぇぇぇぇい!」
セレナが全力で振り下ろした剣を、フリードリヒはぱしりと両の掌で受け止めた。
「嘘……真剣白刃取り!?」
「俺のフリードリヒならこれぐらい造作もない」
そのまま剣を奪い取ろうとフリードリヒは体を捻じるが、そうはさせまいとセレナは後頭部に蹴りを入れ回避した。
「ふむ……それは高遠の機転か?」
「……」
王城の問いに透子は答えない。
「セレナ、突進!」
間髪入れずにセレナは相手の懐に入り、勢いよく剣を突く。
「その猛進さ、日代だな?」
王城とフリードリヒはその攻撃を楽しそうに躱す。
「セレナ!」
セレナは剣を持たぬ手でフリードリヒの衣服を掴み、ぐるり体を捻り再度剣を振るった。
「効かぬ」
「セレナ、ファイアウォール!」
攻撃を防がれることは織り込み済みなのか、すぐにセレナはアビリティを放つ。
炎はフリードリヒを中心に狭く囲む。
「なるほど、仲間が使う技を使用するということは、天広か」
「セレナ、離れて!」
足を踏み込み、フリードリヒは炎を打ち消した。
「良く動く相棒だ。日代の相棒と違いトロくない」
一連の行動でダメージはあるはずなのに、フリードリヒは気にしていないようだった。
「しかしまだまだだ」
フリードリヒは首の骨を一度だけ鳴らした。
「お前がプライド・プレイヤーだという確証はないが、確信はある」
フリードリヒは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「行くぞ、平和島透子」
「セレナ、来るよ!」
音もなくフリードリヒはセレナと間合いを詰めた。
「手加減はもうせんぞ?」
その一言と共に、セレナは吹き飛ばされていた。
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