情報熟練者/7-4/秘めたる野獣

「あぁもう……ぶち壊したくなりますね」


 穏やかな口調と狂暴な微笑み。あまりにもミスマッチなそれは、僕らを不安にさせた。


「まずは那須さん。あなたからですよ?」


 イリーナが地を蹴ると、彼女が踏み込んだ大地が黒く焦げていた。

 それから僅かの静寂。あれほどの勢いで大地を蹴ったというのに、リリィに攻撃がすぐに仕掛けられる訳ではなかった。


「かーごーめかーごーめ……」


 ぞわりとするほどのおぞましい殺気と共に口ずさまれる不気味な童歌わらべうた

 じゅっ、と何かが焼ける音。


「かーごーのなーかのとーりーはいーつーいーつーでーやーる……」


 その焼ける音が幾つも重なっていく。


「何が起きて……!?」


 あまりの気色悪さに目眩がする。


「周りだ! 円を描いてるのか!」


 正詠の声でようやく気付いたのだが、いつの間にか僕らを囲むように炎が大地を焼いていた。


「よーあーけーのーばーんにーつーるとかーめがすーべったー……」

「遥香を守れ!」


 遥香を中心に陣形を組み、全員が武器をしっかりと握りしめた。


「うしろの正面……だぁれ?」


 辺りから音が消えた。


「どこに……」

「きゃあ!」


 聞こえた悲鳴は遥香のものではない。


「透子!」


 イリーナはセレナの喉元を掴んでいた。


「狙いは遥香じゃないのか!?」

「いいえ? だって平和島さんがプライド・プレイヤーですもの」


 ぐんとイリーナは腕を引き、彼女が作り出した円の中からセレナを吹き飛ばした。


「イリーナ、召集」


 風音先輩の命令にイリーナは頷くと、槍を掲げる。


――スキル、召集。ランクAが発動しました。フリードリヒ、踊遊鬼をイリーナの近くに呼び出します。


 フリードリヒ、踊遊鬼の二人が呼び出される。


「風音、晴野。次はミスするなよ」


 王城先輩の一言に二人は頷いた。


「さて、平和島。始めるとしようか」


 セレナは体を起こし剣を構えた。


――スキル、決闘。ランクSが発動しました。使用者と対象者とで一対一の戦闘が強制されます。使用者と対象者に付与されているプラスマイナス効果問わず解除します。今後、使用者と対象者への全援護スキルとアビリティを使用不可能となります。


「ならもう一度邪魔するだけだ!」

「無駄だって、天広!」


――スキル、挑発。ランクAが発動しました。全攻撃、全スキル、全アビリティで、スキル使用者以外を選択不可能となります。


 踊遊鬼は弓を放つ。それを全員が回避し、リリィが再び臥王拳を繰り出した。そしてそれをテラスが砕き再び地雷矢を使用する。


「晴野先輩が対象だからってやり方は変わら……」

「ならば離れるだけだ」


 〝甘く見ていた〟。同じ作戦がまた通用すると思った。


「連れていくぞ、フリードリヒ」


 地雷矢が爆発するよりも前に、フリードリヒがセレナの首を掴みかなり遠くに投げ飛ばした。


「任せたぞ」

「おう」

「えぇ」


 それを追いかけるように王城先輩とフリードリヒはこの場から去っていった。


「俺たちは俺たちで楽しもうや。情報初心者ビギナー共」


 晴野先輩の言葉を聞いて、風音先輩はふふ、と笑った。


「晴野。私は那須さんがいいわ」

「俺は高遠だ。日代で遊ぶのも良いんだが、部活の後輩の面倒を見ないとな。大将の天広は……まぁ無視でいいだろ。一人じゃこいつは何もできねぇ」


 その一言が開始の合図のようなものだった。

 ロビンは踊遊鬼へと矢を放ち、また違う方向からノクトとリリィが攻撃を仕掛ける。


「テラス、他力本願セット……!」

「無粋な真似はおやめなさい」


 スキルを使おうとした僕らを、風音先輩のイリーナが槍尻で突く。それはテラスの鳩尾に正確に当たった。


――テラスに攻撃がクリティカルヒットしました。


 唐突な一撃にテラスが膝から崩れ落ちそうになったが、ロビンとノクトが彼女を支えた。


「助かる、正詠、蓮」

「太陽……これからスキルは使うな。あの人達は口であんなこと言ってるが、お前のことをかなり警戒してるぞ」

「俺たちがいつでも助けられるわけじゃねぇんだからな?」


 イリーナはテラスに攻撃を仕掛けすぐにリリィへと標的を変えていた。そして踊遊鬼の瞳は真っ直ぐにロビンを見ている。


「正詠、僕とテラスは何をすればいい?」

「……テラスが倒れたらこのゲームは終わりだ。逃げろ。逃げて召集を使え。いいな?」

「……わかった」


 テラスのステータスやスキル、アビリティでは戦いに向かない。わかってはいたことだが、こんなときに役に立たないのは物凄く歯痒い。


「テラス、逃げ……」


 ちらとテラスを見ると、テラスは泣いていた。


「テラス?」


 僕の呼び掛けにテラスはぽろぽろと涙を零し、赤い瞳を向けた。


「気持ちはわかる。僕だってみんなのために何かしたいだ。でも今は……くそっ」


 仲間を助ける?

 約束したから?

 みんなで勝ちたい?

 何て薄っぺらいんだ。僕は口だけだ。勝手にキレて、熱くなって、自分のわがままばかりで、それなのにいざとなったら自分は真っ先に逃げることしかできない。


「僕だって……」


 何かしたいんだ。もっと、みんなのために。


「友情ごっこはもういいか?」


 踊遊鬼は弓を引き絞る。

 晴野先輩の言葉に、僕は顔を上げる。テラスは変わらず涙を流し、唇を一文字に結んでいた。


「イリーナがわざと槍尻で攻撃してやったんだ。ありがたく思えよ?」


 充分に引き絞られた矢は風を切りロビンへ放たれる。それをノクトは大剣の腹で防いだ。


「行け、太陽」


 正詠は晴野先輩を見ながらそう言った。


「テラス……逃げるぞ」


 私がもっと強ければ、あなたの想いに応えられますか?

 呼び出し音もなく、テラスからのメッセージが表示された。


「いいから今は逃げるぞ」


 私がもっと強ければ、あなたはこのような思いをしませんか?


「テラス、いいから! お前は何も悪くないから!」


 私がもっと強くなれば、あなたは私を誇れますか?

 テラスの想いは、痛いほどによくわかった。互いに思っていることは、きっと同じだ。


 自分にもっと才能があればこんなに苦しまないのに。

 

 僕は涙を流しそうになったが、それを必死に堪えた。ここで泣くべきではない。それはテラスが弱いと、自分が弱いと認めたことになるのだから。


「逃がさねぇって!」


 踊遊鬼が連続でテラスに矢を放つ。それをロビン、ノクト、リリィが集り全て防いだ。

 そして三人の相棒はテラスを見た。


「テラス、逃げるぞ!」


 強くテラスに言うが、彼女は首を振った。

 そんなテラスを見て、三人の相棒は頷いた。


「テラス……」


 私は逃げません。ごめんなさい、相棒マスター


 テラスは刀を握る手に、より強い力を込めた。

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