試練/9

「リリィ!」


 遥香の悲痛な呼び声も虚しく、ごろりごろりと転がって、リリィは倒れた。


「やっぱり、な」


 ツルギは真っ直ぐにリリィを見ていたが、進藤は平和島とセレナに視線を向けた。


「やっぱりお前は、こいつを〝助けない〟」


 その言葉は、ツルギが持つ刀よりも……いいや、どのような〝刃物〟よりも、遥香を斬り付けた。


「お前たち情報初心者ビギナーが勝ち進む条件ってのは、二つのパターンがある」


 ツルギはリリィがしばらく立てないことを察すると、平和島とセレナへと視線をずらした。


「一つ、運だけで勝ち上がる。一つ、作戦で勝ち上がる」


 一歩、ツルギがセレナへと踏み出した。


「だから俺たちは簡単にお前たちの作戦を読むことができる。低レベルの奴らが勝つための方法なんて大将、もしくはプライド・プレイヤーを素早く倒す短期決戦ぐらいだろ。じゃあ狙われるのは二人だけ。ならその二人だけ守りを固めればいい」

「それだけじゃ、ないとしたら……?」


 平和島は震える声で、ようやっと強がりを口にした。


「ははっ! はったりってのはもっと上手くやらないと逆効果だぜ、平和島!」


 セレナは剣をかまえ、ツルギを睨み付けた。


「やめとけって平和島。お前のスキルやアビリティじゃあ勝てないって!」

「なら、リリィならどうなのよ!」


 油断していたツルギの右頬に、リリィの拳がしっかりと入る。だがツルギは体勢を崩すことはなかった。そのまま、瞳だけをリリィへと向けた。


「なぁいい加減わかれって。レベル差ってのがあるんだよ。今までの奴らとは経験値が違うんだって!」


 ツルギはリリィの拳を掴み、自分の方へと引き寄せて腹部へと膝蹴りを入れる。めきりと鈍い音がした。


「しっかしタフだな、お前」


 〝ステータス〟ではリリィの体力基本値はAランク。

 そしてこの〝ゲーム〟は現実と類比している。

 負けたくない、負けられない、負けるもんか。

 気持ちが挫けなければ、ステータスなど簡単に超越してしまう。しかしそれは、裏を返せば……。


「まぁ立ち上がるなら倒すだけなんだが……よっと!」


 ツルギの斬撃がリリィを襲う。


――ツルギの攻撃がクリティカルヒットしました。


 裏を返せば、気持ち次第でどのような高ステータスも無駄になるということだ。


「弱いものいじめは嫌いなんだぜ、俺もツルギもさ!」


 リリィを蹴り上げ、ツルギは再び斬り付ける。


――ツルギの攻撃がクリティカルヒットしました。


「リリィ、攻撃して!」


 歯を食い縛り、リリィはツルギへと拳を振るう。確かに攻撃は当たっている。しかしツルギがダメージを受けている様子は見られない。


「何で……?」


 攻撃は確かに当たっている。

 それなのに、それなのにダメージは通らない。

 レベル差というものだけではない。

 そんなもの、今までの戦いにだってあったのだから。


「何で、何でよぅ……」


 殴り続けるリリィに、遥香は哀れみを抱いていた。

 何故、こんなにも私の相棒は弱いのだ。このまま戦わせて、良いのだろうか。


「透子! リリィを助けてよ!」


 平和島に助けを求める遥香だが、彼女は目を逸らした。

 その様子を見た遥香は、涙腺が熱くなるのを感じた。


 誰も、助けてくれないの?


 嗚咽を漏らしそうになった遥香は、それを何とか飲み込んだ。


「たかがゲームにそんな熱くなるなって」


 進藤は急に冷めたように言い放った。


「そんなの……!」


 たかがゲーム。たかがゲームだ。

 でも……誰にも信じてもらえない。誰にも助けてもらえない。近くに友達がいるのに、仲間がいるのに。信頼されていないことが、こんなにも耐え難いことなのだと、遥香は初めて気付いてしまった。


「助けて……よ」


 ぼそりと、彼女が小さく呟いた。

 その時には、リリィはぼろぼろでもう立てる気力も残っていなかった。


「さすがにこれで終わりにしようぜ。俺もツルギも、少し辛くなってきた」


 倒れているリリィに、ツルギは刀を向けていた。


「助けて……太陽……」


 来るはずがない幼馴染に、遥香は助けを求めた。


「来年に期待してるぜ、情報初心者ビギナー


 ツルギが刀を振り上げた、その刹那。


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 来てやったぞこの野郎!」


 ツルギとリリィの間に、来るはずがないテラスとノクトが現れた。

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