試練/10

 泣いていた。

 遥香も、その相棒のリリィも。遥香は必死に涙を隠そうとしているが、それは意味がなかった。挙げ句、遥香は顔を隠した。それでも、指の隙間からは涙がぽろぽろと零れていた。


「遥香……?」

「見ないでよ、馬鹿……」


 僅かに漏れる嗚咽が、僕の胸を強く締め付けた。

「テラァァァァァス!」


 精一杯に声を張って、自分の相棒の名前を呼んだ。


「ぶっ倒すぞ!」


 テラスは強く頷いて、ツルギへと刀の切っ先を向けた。

「大将のお出ましか? 都合が良い、ここで……」


 進藤先輩が話し終わるよりも先に、テラスは武器を振るっていた。


情報初心者ビギナーはせっかちだなっ!」

「テメェ遥香を泣かせたな!!」


 強い奴だ。負けそうになったから泣くなんて有り得ない。むしろどんな状況でも勝ち筋を探して、それに賭ける。勝っても負けても、そのあとに泣くのが遥香だ。

不安だからと泣くような奴でもない。不安ならそれを噛み締めて、自分を奮い立たせるはずだ。ましてや、後ろに平和島がいる状況でこんな風に泣き崩れるわけがない。


「オレの幼馴染みを泣かせやがったなこの野郎!!」


 じゃあ答えは一つだ。こいつが何かしやがった。こいつが遥香を傷付けたに決まってる。


「ぶん殴って、勝って、遥香に謝らせてやるからな!」

「ははっ! 粋がるなよ天広! このレベル差じゃあ勝てないっての!」

「テラス、紅蓮!」


 ツルギと距離を取り、テラスは刀を力強く振り上げると、ちりとツルギの足元で爆ぜる。


「は?」


 素っ頓狂な声を発したのは進藤先輩だ。明らかに初級のアビリティ。それだというのに、回避せねばと思わせる脅威をそれは感じさせた。たまらずツルギは身を転がしその場から逃げた。

 重厚な発火音と共に、初級のアビリティとは思えない威力の火柱が、今までツルギがいた足元から舞い上がる。


「お前、まさかチートを……」

「するか馬鹿野郎! オレにはそんなことできる頭も器用さもねぇんだよ!」


 体勢を崩したツルギにテラスが斬りつけにかかるが、それをツルギは受け止めた。


「じゃあその面倒なスキルの効果か。まぁ構いはしねぇ……!」


 ツルギはテラスの刀を上方へと弾き飛ばす。


「武器がなくなりゃあ大した……」

「他力本願、セット! 臥王拳!」


 油断したツルギの襟元を掴み、テラスは拳を固く握った。


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。アビリティ臥王拳Cがランクアップし、臥王拳Aになります。

――アビリティ、臥王拳A。単体の敵に中命中で大威力の通常攻撃を行います。


「しまっ……!」

「歯ぁ食いしばれよこの野郎!」


 テラスの拳はツルギに右頬に入り、吹き飛ばした。そしてテラスは頭上で回転していた刀をぱしりと受け取めた。


――テラスの攻撃がクリティカルヒットしました。


「さっさとかかってこいよ、情報熟練者エキスパート! 殴り足りねぇ!」


――スキル、逆上。ランクAが発動しました。全ステータスが上昇し、反撃を行います。


 土煙の中から物凄い勢いでツルギは突進し、刀を振るう。


「調子に乗るなよ、天広!」

「他力本願、セット! リズム感!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキルリズム感C+がランクアップし、リズム感A+になります。

――アビリティ、リズム感A+。攻撃を回避後、次の攻撃も回避しやすくなります。また、ランクA以上の場合、通常の回避確率も上昇します。


 ひらりとテラスは攻撃を躱した。


「他力本願、セット! 臥王拳!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。アビリティ臥王拳Cがランクアップし、臥王拳Aになります。

――アビリティ、臥王拳A。単体の敵に中確率で大威力の通常攻撃を行います。


「おらぁもう一発だこの野郎!!」


――テラスの攻撃がクリティカルヒットしました。


 再度テラスの攻撃がクリティカルヒットし、今度はツルギを地面へと叩き付けた。


「天広くん! 逆上Aは相手から攻撃を受けたときにステータスを上昇させて、高確率で反撃を行うスキルです!」

「ナイスだ、透子! 他力本願、セット! 逆上!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル逆上Aがランクアップし、逆上EXになります。

――アビリティ、逆上EX。全ステータスが上昇し、反撃を行います。ランクA以上の場合、更にステータスを上昇します。


 テラスが吠え、ツルギへと拳を降り下ろそうとしたその瞬間。


「調子に乗るなって、言ってるだろうがぁぁぁぁ!」


――スキル、逆上。オーバーロード。スキル、激昂Bへと変化します。スキル、激昂。ランクBが発動します。攻撃が上昇し、相手の攻撃を耐えた上で反撃を行います。


 進藤先輩の感情が一気に爆発して、スキルの進化が行われる。でも今はそんなもの!


「テラス!」


 テラスの攻撃でツルギは一瞬ぐらつくが、しかし闘志は消えず反撃の刃がテラスを襲う。


「受け止めろ!」


 激しい金属音が響いた。


「本当に面倒なスキルだな!」

「早く謝れよ、遥香に!」

「泣かせたのは俺じゃねぇ、お前の仲間だよバーカ!」

「そんなことどうでもいいんだよ! テメェが泣かす理由を作ったんだろ、どうせ!」

「それでも泣かせたのはお前の仲間だ馬鹿野郎!」


 そんな問答の最中、ツルギの背中に立つ黒い影。


「黙れ馬鹿野郎。俺のダチはいつでも馬鹿野郎だ!」


 ノクトはその大剣を充分に力を溜めて降り下ろした。


――ノクトの攻撃がクリティカルヒットしました。


 背後からの攻撃に力が抜け、前方からのテラスの一撃も、ツルギは受けてしまった。


――テラスの攻撃がクリティカルヒットしました。


「ちっ! 数が多すぎるか……! 退くぞ、ツルギ!」


 歯軋りするツルギは逃げの道筋を見つめるが、その先にいくつもの矢が降り注いだ。


「あぁくそっ! これだから情報初心者ビギナーは!」

「正詠! テメーこそこそ隠れてないで出てこい!」


 遥香の涙を見ていた正詠に腹が立って叫んでいた。


「全く……せっかくの作戦がぱぁだ」


 姿を現した正詠のその一言に、一気に僕の頭は沸騰したように熱くなった。


「遥香が泣いてるってのにそんなこと言ってる場合か!!」


 正詠の胸倉を掴み、怒鳴り散らす。

「オレ達の幼馴染みが! 仲間が泣いてんだぞ!! 次そんなこと言ってみろ! ぶん殴ってやる!」

「……すまなかった、な」


 素直に謝る正詠をこれ以上責める気にはならない。こいつよりも、まずは文句を言わなきゃいけないやつがいる。


「透子! 進藤先輩が言ってるのは本当なのか!?」


 びくりと体を震わせる透子と、唇を一文字に結ぶセレナ。


「……うん」

「……!」


 弾ける音が二つ重なる。

 それはテラスがセレナを、僕が透子へと平手を打った音だ。


「テメェ天広!」


 後ろからテラスの肩をがっしりと掴むノクトを気になどしなかった。


「どんな状況でも仲間を見捨てるようなことをするな! ゲームだから良いってもんじゃねぇんだぞ!」


 そして、最後は……!


「進藤先輩、あんただけはオレがぶっ倒すからな!」

「そのまま喧嘩してくれてたらありがたかったんだがなぁ……しゃあない」


――スキル、情報展開。ランクCが発動しました。味方に自分の現在位置を報せます。


「太陽、一旦下がるぞ。藤堂先輩を倒したわけじゃないんだろ?」

「正詠……いや、わりぃみんな。正直、ここで負けてもいいよ」


 心臓の音が、耳のすぐそこで聞こえる。それだけでなく、心臓の脈動と共に血管を血が巡る音すらもはっきりと聞こえる程に。


「負けてもいいから、全員こいつを一発ぶん殴るぞ!」


 僕の一言で、進藤先輩とツルギに仲間全員の視線が注がれた。

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