第六章 守るべきもの
初戦/1
ゴールデンウィークが過ぎた学校というものは、独特な雰囲気があると思う。
休みが終わってしまった疲れというか、虚無感というか。これがよくニュースにもなっている五月病というものなのだろう。かく言う僕もその多分に漏れず、勉強やら相棒やらの件で大分疲れてはいる。
「おはよー太陽」
「おっす」
大きくあくびをしながら、遥香と正詠が僕に声をかけてきた。
二人ともこのクラスの中でも一層疲れが強そうに見える。
「どうしたんだ、二人とも?」
「部活と勉強の両立は大変なんだよ、太陽。知ってた?」
遥香は大きくため息をついて答えた。
「そりゃあわかるけどよ、なんかいつも以上に疲れてないか?」
「バディタクティクスの校内大会に参加する先輩がいる部活はな、今が一番キツいんだ。受験勉強、最後の大会に向けた部活、バディタクティクス……先輩たちのストレスがマッハだから、いつも以上に厳しいしな」
今度は正詠が答えた。
僕にはわからないいざこざが彼らにはあるのだろう。こんな姿を見ていると、部活に入らなくて良かったと思う。
「あぁそれと太陽。今日の放課後に校内大会の抽選と練習日の割り当てがあるから帰るなよ」
正詠は疲れ果てた声でそう言うと、自分の席に戻っていく。
遥香も自分の席につくと、ばたりと突っ伏して、ホームルームまでの僅かな時間を休息に充てることにしたらしい。
ぴこん。
休息が必要?
「そうだな。遥香と正詠には必要かもな」
これからは二人に聞くだけではなく、少しは自分で調べることにしないと。
「なぁテラス。バディタクティクスのルールとかもう一度確認したいから、いつでも開けるようにブックマークしといてくれ」
テラスは笑みを浮かべて頷いた。
◇
放課後、僕と正詠は体育館に向かった。
ここでバディタクティクスの対戦相手の抽選と、練習日の割り当てが行われるらしい。大会参加者以外は侵入禁止らしく、体育館の入り口前には多くの生徒がたむろっていた。
「すげーな。みんな興味津々なんだなぁ」
人混みを掻き分けて体育館に入り、正詠に話しかける。
「というより、王城先輩目当てだろう」
正詠がその王城先輩を見ながら言った。
「相変わらず男前だよなぁ」
王城先輩は椅子に座りながら相棒と共に何かを探していた。
「優勝するつもりなら絶対にあの人と当たるから覚悟しておけよ」
「覚悟するにしても、そもそもあの人のことよくわからねぇよ」
とりあえず僕が知っているのは、男前で勉強ができてバディタクティクスが強いということだけだ。
「試合は見学できるから、それを見ればよくわかる」
「何、ビームでも出すのか?」
「そんなもんだ」
適当に答えているのか、それとも本気なのか。正詠の声の調子からは判断できなかった。
「ほら座るぞ」
正詠が指を指したパイプ椅子には、『チーム太陽』と印刷された紙が背もたれに貼られていた。
「何て言うかさ、めっちゃ恥ずかしいんだけど」
「我慢しろ。俺もこのチーム名を仮で出していて修正するの忘れてたんだ」
僕と正詠は椅子に座る。十数分すると全ての椅子が埋まった。
「チーム毎に座っている人数違うけど意味あるのか?」
王城先輩のように一人のチームもあれば、五人全員が座っているチームもある。もちろん僕らのように人数が半端なチームも多く見られた。
「別に理由なんてないぞ。最低限一人いればいいんだ。まぁ……あの人みたく一人で来る方が珍しいがな」
正詠の瞳は〝敵対者〟を見る目だった。しかし、それは一人だけじゃない。周りのチームも王城先輩に向ける瞳には、その色が含まれている。
何て言うかな、そういうのは好きじゃない。
「太陽、お前のことだ。周りの反応に何かしら思うところがあるんだろう?」
隣に座っている正詠は正面のステージを見ながら口を動かした。
「んー……何ていうかさ、親の仇でも見ているみたいで好かない」
僕も正詠と同じく正面のステージを見ながら話しかけた。
「仕方ないさ。あの人は敵を作りやすいからな」
そこまで話すと今までざついている空気がしんと静まり返った。自然と僕らは体育館の入口へと視線が向いた。
あの気の良い校長を先頭に、数人の教師が続いて現れる。彼らはそのままステージに向かった。途中で一人の生徒からマイクを受け取り、ステージに上がった。全く気付かなかったが、そのマイクを渡したのは僕のクラスの
「やぁ」
ほっこりとした笑顔で気さくな挨拶をする校長に、僕は緊張が解れた。
「今日はみんなが楽しみにしているバディタクティクス校内大会の抽選会だ。この大会に優勝すれば、地区大会への参加資格を得られる」
空気が一瞬蠢いたが、すぐに落ち着いた。
「さて、校長の長話などあんまり好きではないだろう? 早速抽選会を始めようか」
校長はみんなを見て頷き、先生方を見てまた頷いた。
「では、これよりバディタクティクス校内大会の抽選会を始める。前回優勝者のチーム『トライデント』、王城。前に出ろ」
次に声を上げたのは、生徒指導の峰山だった。
「はい」
低いがしっかりと通る声が、僕には重く感じた。ステージに上がる際に、彼は僕らを見た。瞳は鋭く、どこか寂しそうであった。彼の周りに相棒らしきものが現れて、くるりと回った。
「なぁ正詠……あれってよ」
「王城先輩の相棒だ。名前は『フリードリヒ』。去年はあのフリードリヒ一人で優勝したようなもんだぞ」
遠目で詳しくはわからないが、長い銀髪が特徴的な相棒だ。その相棒は、王城先輩が抽選ボックスに手を入れるとすぐに消えた。
王城先輩はすぐに箱から手を抜いた。その手には数字の1が記されている紙があり、高々と掲げていた。
――けっ、こんな時まで一番かよ。
――王城と当たらないようにするには3番以降を狙わないといけないのか。
――今年は新人も多いし、あいつに当たる可能性も低いだろうな。
「次」
どうやら椅子の並び順は前回の大会の順序で、新人たる僕らは後のようだ。
「っていうかさ、王城先輩ってやったらとヘイト稼いでるよな」
「去年はひどかったからな」
正詠は懐かしむように話し始める。
そういや去年のバディタクティクス校内大会は、僕も正詠に付き合わされて見学したことがあったっけ。いや、うん。正直気持ち良いものじゃなかったけど。
「あれな」
「思い出したか、太陽」
去年の校内大会では、王城先輩が一人ずつ……一人ずつ倒していった。執拗に、惨たらしく。
「にしてもこれは空気が悪い」
「ほとんどがあの人にボコボコにされた人たちの後輩だ。今回は先輩の雪辱戦なんだろ」
正詠はため息をついた。
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