戦い4-2
それから僕らは四月の間、みんなが勉強に励んでいた。部活に入っていない僕と平和島、日代は学校が終わるとホトホトラビットで互いに苦手範囲を教え合い、部活が終わった正詠や遥香と合流して勉強を続けた。模試の申し込みは各々で行い、徐々に相棒のアビリティは充実していった。かくいう僕も、なんとか必要なアビリティを揃え、四月下旬には目標よりも多くのアビリティを手に入れることが出来た。
僕のアビリティが揃う前に正詠はバディタクティクス校内大会への申し込みを終えていた。
そして今は四月最終週金曜日、四月最終土曜日に行われる模試の決起会をホトホトラビットで行うことになった。
「えー本日はお日柄もよく、すっかり日も暮れましたが、明日の模試の決起会を行います!」
アイスティーを手に、何故か僕が挨拶を行うことになったのだが、何も考えていない。
「日代の親父さんも、息子の学力向上を喜ばしく思ってくださり、本日は料理をご用意してくださいました」
「前置きはいいから早く乾杯してよー、部活終わりで腹ペコだよー」
遥香から野次が飛ぶと、それが始まりとでも言うように全員から「早くしろ」とコールが飛んだ。
「とりあえず明日頑張るぞーかんぱーい!」
「「「「かんぱーい」」」」
一口飲んで、みんなが料理に手を伸ばした。
「ホトホトラビットのご飯ておしいんだよねぇー」
遥香は自分の皿に料理をひょいひょいと取っていき、ぺろりと一息で食べてしまった。
「遥香ちゃんは食いっぷりが気持ちいいねぇ」
おっちゃんはそう言いながら、小皿にかなり小さく盛られた料理がと一緒にミルクピッチャーを五個をテーブルに置いた。
「しっかしお前らもおかしな奴らだよなぁ。相棒の分も頼むって……」
おっちゃんはスプーンで紅茶をミルクピッチャーに淹れていく。
「テラスちゃんがあまりにも喜ぶから、なんかやってみたくなって」
平和島は皿に集まる相棒達を見ながら言うと、正詠が「俺も同じだ」と同意した。
「ていうかさ、テラスは異性タイプで良かったと思うよ。男同士だったら、太陽は絶対に仲良くなれないと思う」
食べながら話す遥香を見て、「食いながら話すなよ」と嫌そうな顔をする日代。テーブルの上では相棒達が料理を囲んで歓談している。何となくだけど、この賑やかさに心地よさを感じる。
そんな中で、僕とテラスは不意に目が合った。別に呼んだわけではないのに、テラスはわざわざ歩いて僕に近付き、テーブルに置かれていた僕の指に手を添えてきた。
「いや、なんだよ」
にこにこにこにこ。テラスは楽しそうだった。この笑顔を見ていると何をされても許してしまいそうだが、実際何かをされるといらっとするので許す許さないの問題ではない。
「何いちゃこいてんのよ、太陽」
ばりばりとエビフライを食べる遥香を見て、僕は少し悲しくなる。
あぁ、こいつは女の子という枠を少し外れているのだ。
目の保養のために平和島へと視線を移す。平和島はサンドイッチをリスのようにちまちまと口にしていた。
うむ。やはり女の子はこんな感じが良い。おっぱいが大きいのも良い。おっぱいが、その……
「えっと……なぁに、天広くん?」
「平和島ってさ、女の子だよな」
「えーっと……うん、私は女の子だよ」
「あぁ。良いと思うぜ。平和島は女の子で」
そんなやり取りを平和島としていると、日代から謎の圧力を感じたがあえて無視することにした。
大体二時間ぐらいだろうか。そんな楽しい時間は終わりに近付いていた。
「そろそろ帰るか」
正詠が皿を重ねてそう言った。僕らはそれに頷いて、空いた皿を洗い場に運んでいく。
「日代、洗い物は僕がやるよ」
「おう」
僕はキッチンへと向かう。テラスは僕の肩の上で楽しそうに微笑んでいた。
かちゃかちゃと洗い物をしていると、平和島がひょいと現れた。
「天広くん。洗い終わったものは後ろに置いておいて。私がしまうから」
「おっけー」
僕が洗い終わった皿やグラスを後ろに置くと、平和島は慣れた手つきでそれらをしまっていく。
「平和島ってさ、昔のこととか覚えてるか?」
「え?」
唐突な質問に平和島は首を傾げた。
「えーっと、例えば幼稚園とかのとき」
「んー……全部は覚えてないよ。でも、蓮ちゃんと遊んでたときのことはよく覚えてるよ」
「どんなことして遊んでたんだ?」
僕はまた洗い物を再開した。
「お人形遊びとか、ヒーローごっことか、お話ししたことかなぁ」
「日代がお人形遊びか……はは、どんなお人形遊びなんだ?」
洗い物を続けながら、平和島と話を続ける。時折平和島をちらりと見てみたが頬は僅かに紅潮していた。それが子供の時の話をしていたからなのか、別の何かなのかはあえて聞こうとは思わなかった。
「んー蓮ちゃんがハイパーマンの人形持って、私がビュティキュアを持ってね、いつも蓮ちゃんが助けてくれる遊びだったよ」
平和島の声には懐かしさだけでなく、慈愛が多分に含まれている。
「なぁ……普通さ、楽しい思い出ってさ、忘れないよ」
「人によると思うけど、そうかもしれないね」
ふふ、と平和島は女の子らしく笑った。
「そう、だよな」
どこか、どこか、だ。僕は何かを忘れている気がしていた。特に愛華が言っていた記憶に関して。自分がまだ幼く、友達と恐れを知らずに遊んでいた時のこと。それはとても尊いはずなのに。何故か記憶の空白は痛みを伴って、〝再生〟を拒んでいる。
「平和島はさ、日代に忘れられたらどう思う?」
僕は洗い物を続けるが、背中越しとはいえ平和島の動きが止まったことがわかる。
「教えてくれないか、平和島」
正詠でも、遥香でも、ましてや日代からでもない。僕は彼女から聞きたかったら聞いてみる。〝大切な人に忘れられる〟悲しみを。
「私はきっと、忘れてくれるなら、それで良いとも思えるかも」
あぁ、そうだよな。そうなんだよ。優しい子ならきっと、そう思うはずなんだ。でもさ、それはきっと……。
「残酷な、ことだよな」
平和島に聞こえないように、ぽそりと呟いた。
忘れた方はそれでいいかもしれない。だって覚えてないんだから。でも、忘れられる方はそうはいかないだろう。大切な思い出が、自分しか知らないなんて悲しすぎる。
「天広くん、何かあったの?」
「ん……いや、別になんでもない」
最後の皿を洗い終わって、平和島にそれらを食器洗浄機にかけた。
「来週のゴールデンウィークが終われば、いよいよバディタクティクスだろ。頑張ろうぜ、平和島」
手を上げてハイタッチの態勢を取ると、平和島はにっこりと笑って僕とハイタッチしてくれた。
「うん!」
とりあえず、今はまだ……このままでいいと僕は思っていた。
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