戦い/友達の場合
戦い/透子の場合
ホトホトラビットを出て数分歩いた場所に、平和島の家はあった。見た目は立派な古民家であったが、数年前に内装をリフォームしたため、屋内は新しかった。玄関の石畳だけは以前からずっと変えられておらず、歴史がしっかりと感じられた。
「ただいま」
靴を揃えて居間へと向かうと、和装の父と母が二人で微笑んだ。
「おかえり、透子」
「おかえりなさい、透子」
平和島が座ったのを見ると、母は立ち上がってキッチンへと向かった。
大きな座卓の上には父と母の相棒二人が、仲睦まじく寄り添っていた。
「お父さんとお母さんの相棒は仲良いね」
「透子もすぐに良い人に会えるさ」
父は新聞を広げて顔を隠した。自分で言って照れ臭ったのか、それとも愛娘に恋人などと思っているのか、彼女にはわからなかった。しかし、きっと愛情深く言ったであろうということだけはわかっていた。
少しして母が夕食を用意し、食べ終わった後に平和島は風呂へと入った。
浴槽は立派な檜だった。父がとてもこだわっていて、リフォームされた中でも一番お金がかかったと自慢気によく話していた。
浴槽に浸かりながら、平和島はふぅっと、息を吐いた。
「はふ」
肩まで浸かると、セレナが現れた。
セレナはドレスを脱いでおり、バスタオルを体に巻いて湯船に浮いている。
「ふふ。セレナはいつもそんな風に入るのね」
時折両手両足を動かすセレナは、普段とは違ってだらしがない。
セレナがこんな姿を見せるのは、平和島のみだ。それが彼女にとっては嬉しくあった。出会ってまだ長くもないのに、全幅の信頼を向けられることは正直非常に心地よい。
「あなたがいなくなった時、本当に不安だった……戻ってきてくれてありがとう」
そんな言葉を向けた平和島に、セレナは泳いで近付きにっこりと笑った。
「そうだ。今日は一年生のときの復習をしよっかな。太陽くん、あの調子だと一年生の範囲も苦手そうだし、ネット模試とかのために教えてあげた方がいいかも」
ぴこん。
テラスなら上手くやってますよ?
「そうなの? 同志宣誓していなくても、そういうのわかるものなの?」
ぴこん。
二人を見ていれば何となく。
「へぇ……じゃあ私が教えるなんて駄目だね。私はあなたのためにももっと勉強頑張らなくちゃだね」
紅潮する頬のまま、セレナは頷いた。
「あ、でもバディタクティクスについても調べておかないと。私、ゲームとか苦手だし」
ぴこん。
セレナはバディタクティクスのルールを表示する。
「ありがとう。でも、いきなりこれだけ見てもわからないから、そうだなぁ……もっと初心者用のデータってない?」
今度は電子音を鳴らさずに、セレナは新しいデータを表示した。それは女の子向けのサイトで、可愛らしいイラストを使ってわかりやすく解説しているものだった。
「これならわかりやすいかも。ありがとね、セレナ」
セレナは気を良くしたのか、もっと沢山のサイトを表示させた。
「えっと、あはは。ありがとね、セレナ」
セレナはまた仰向けになって湯船に浮かぶ。
「テラスちゃんとリリィちゃんって、お風呂に入るときどうしてるんだろ?」
同じ女の子の相棒だし、セレナみたくだらしなく入っているのだろうか。
「ねぇ。セレナはどう思う?」
ぷかぷかと浮かぶセレナを指で押しながら、彼女はそう問いかけた。しかしセレナは答えずにただぷかぷかと浮いていた。
「もう。あ、そうだ。太陽くんってね、相棒に飲み物をお供え? するらしいの。セレナもお風呂上りに牛乳飲んでみる?」
ぴこん。
音だけ鳴らして、やはりセレナはだらしく浮いていた。
「ホントにもう……」
呆れたように言った平和島だが、顔には笑みを浮かべていた。
戦い/蓮の場合
ホトホトラビットのキッチン。日代は今日最後の注文であるケーキの盛り付けをしていた。
「親父! バナナパンケーキ出来たぞ!」
「おう!」
パンケーキを渡すと、日代は首の骨を鳴らした。
ぴこん。
お疲れ様です。
「まだ終わりじゃねぇ。これから片付けがあるんだ。何回見れば覚えるんだよ、超高性能教育情報端末さんよぉ」
彼には似合わないコックハットを脱ぐと、彼はまずコンロ周りから片付け始める。一度放っておくと焦げた油が黒くこびりつき、掃除が大変になる。彼がキッチンに立たないときは父が料理も作るのだが、父はコンロの周りには手を出さないため、結果的に一週間の汚れを日代が掃除していた。
「あのクソ親父め。ちゃんと掃除しろっての……毎週毎週なんで俺がこんなことを」
文句を言いながらも日代はしっかりと金たわしを使って落としていく。最後に汚れをふき取ると、彼は手を洗う。
「……あぁクソ。そういやイチゴとマンゴーがそろそろ無くなるな」
手を拭きながら、キッチンにあるホワイトボードに目を向ける。
納品予定のある食物が大体は書かれているのが、今日は真っ白だ。
「また書き忘れてやがんのか」
はぁ、と大きくため息をつくと、ノクトは何も言わずに何かのデータを表示した。
「ん……?」
納品データ、共有完了。イチゴ一箱、マンゴー一箱、小麦粉十キロ、米十キロ、ブラッドオレンジ(ドリンク)二リットル。
「……たまには役に立つじゃねぇか」
日代は素直にノクトを褒めなかった。
「しっかし、あの客少し長そうだな……」
キッチンの中から見える老夫婦を見て、日代は小さく言葉を漏らした。
「仕方ねぇ。皿も多くねぇし今のうちに片付けて、ついでに明日の仕込みでもしとくか」
ぴこん。
ホワイトソース、ミルクプリンの数が少なくなっています。平均的に考え、補充を推奨します。
「……今日は積極的に役に立つじゃねぇか」
日代は冷蔵庫から材料を取り出して、手際よくノクトが上げた二つを作り始めた。
ぴこん。
するとまたノクトの呼び出し音がなる。
「今度はなんだよ、しつけぇな」
あられもない、の意味は?
「あーっと、みっともない的な?」
ぶぶ。
正解は、ふさわしくない。
「けっ」
度しがたい、の意味は?
「さ、察しづらい」
ぶぶ。
正解は、まったく救いようがない
「テメーしばくぞ」
言語道断、の意味は?
「ありえねー、だろ?」
ぴぼん。
惜しい、もってのほかであること。日本語は正しく使いましょう。
「この……上等だ。かかってこい、この野郎。満点解答してやる」
1916年に締結され、特殊権益の相互擁護を確認したものは何か?
「何で急に歴史の問題なんだよ!」
正解は、第四次日露協約。
「あーったく。わかった、わかったっての。今日の仕事が終わるまでは付き合ってやるから、もっとやりやすい問題出せよ。そしたら褒美にアイスティーやるからよ」
がっちゃがっちゃとホワイトソースをかき混ぜながら、日代はノクトに言う。
ノクトは僅かに表情を綻ばせた。
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