戦い/2

 紅茶のおかわりを日代が持って来て、正詠は僕らに今後の基本となる作戦を説明しだした。


「いいか、この校内大会に参加しているほとんどが三年生で、確実に俺たちの相棒バディよりもレベルが高い。だから先手必勝だけはしない。それはわかれよ、日代と太陽」


 うん。確かに正詠が言っていることは正しい。僕たちの相棒のレベルはあんまり高くないし、高レベルかもしれない相手にいきなり特攻を仕掛けても勝てるわけがない。それよりも気になるのが、何故僕と日代にだけそんなことを言うのか、だ。「俺はともかく天広は大将だ。テメーは気を付けろよ。ルール上お前が倒されたら終わりなんだからな」

 これはあれか。僕だけが不憫な子というか、ダメな子扱いなのか。


「正詠大先生、バディタクティクスのルールを頼むわ」


 僕に対する罵倒への文句は後で全部言うとして、まずはルールとかそういったものを確認したい。正直僕は何も知らない。


「少しも調べてないのか?」

「当たり前だろ、正詠。っていうかな、きっと遥香も平和島も日代も知らないに決まってる」


 自信たっぷりに言う、が。


「私は少し調べてるよ」

「普通は調べるだろ」

「遥香と一緒に調べたから大丈夫だよ」


 ……ははーん。僕をはめるつもりかこいつら。そんなに僕をダメな子に仕立て上げたいのかなぁ?


「簡単に言えば相棒を使ったサバゲーだ。前に……あの化け物とやったのと似たようなもんだ。敵がいて、それを相棒のスキルやアビリティを使って倒す」


 ……アビリティ?


「お前、その顔……アビリティを知らないんだな?」

「知らない!」


 正詠はがっくりと項垂れて、大きくため息をついた。


「えーっと、そうだな……ゲームの魔法とか技とか思ってくれ」

「それってスキルじゃないのか?」


 正詠はぐしゃぐしゃち頭を掻いた。遥香も日代も平和島も、とても優しい表情で正詠を見ている。その表情も意味はわからないが、がんばれ正詠。


「んー……そうだな、スキルは相棒が持っている固有のものだ。これは勝手に増やせないし、減らすこともできない。アビリティは各相棒に十個まで自由に付けられるんだ。このアビリティとスキルの組み合わせがまたバディタクティクスを面白くさせる一因でもある」


 今度は僕が頭を掻く番だった。


「スキルはテラスだけが使えるもの、アビリティは誰でも使えるもの!」


 簡単にだ! 簡単に考えればいいんだ!


「そうだ太陽、それでいい。簡単に考えればいいんだ。それでなんだが、みんなのアビリティを確認したい」

「えっとそれはスキルみたく表示できるのか?」

「太陽、お前は最後だ。みんなは表示できるか?」


 僕以外は頷いて、各々の相棒がデータを表示させた。


「遥香は風、日代は雷、平和島は水、か。俺が氷だし、今のところ属性は被ってないな。スキルを考えて一手目は……ってそれは相手に合わせないといけないよな」


 正詠は思考の迷路に迷い込み、独り言をぼそぼそと漏らしだした。その独り言にみんなは何だかんだと意見を出している。


「なぁテラス。僕って役立たずかね?」


 ぽそりと机の上で手鞠をしていたテラスに声をかけてみた。

 ぴこん。

 何が?

 テラスはテラスで、他の相棒が作戦会議に参加していたため、暇そうだった。


「お前は気楽だなぁ……ぶっちゃけお前もハブかれてるようなもんだぞ」


 テラスは首を傾げたが、手鞠の方が楽しいのかすぐに手鞠で遊び始めた。

 僕はそんなテラスに呆れながらも、また歌を口ずさんだ。


「あんたがた どこさ ひごさ ひごどこさ くまもとさ くまもと どこさ  せんばさ せんばやまにはたぬきがおってさ それをりょうしがてっぽでうってさ にてさ やいてさ くってさ それをこのはでちょいとかぶせ」


 テラスは歌に合わせて手鞠を繰り、にっこりと微笑んだ。


「太陽、あんた……思い出したの?」


 遥香の声は僅かに震えていた。


「思い出したも何も、知ってるもんは知ってるし」


 テラスの頭を撫でてみた。きゅっと目を瞑って気持ち良さそうにしている。


「そうじゃなくて、それ■■ちゃんが歌って……」


 ノイズ。

 大事な……大事な所だけ、靄がかかったように、ノイズが走る。


「遥香……誰が、この歌を……?」


 あぁくそ。頭が痛い。


「だから■■ちゃんが……」

「遥香、やめてやれ」


 正詠は遥香の頭に手を乗せた。


――どうしたの、太陽くん?


 あの笑顔は儚くて。


――私、これからも生きていたいの。あなたと一緒に。


 手を伸ばそうとすると、壊れそうな。


――それまでは、私にそうしてくれたみたいに……他の人を笑顔にしてね。


 君は……誰だっけ?


――きっと、会えるから。


 大切な……大切な。


――やっとだ! 最高のAIが! 望んだSHTITシュティットが! 世界を変える相棒バディが! あはははっははははははははっははははははっ! 神が、神がようやっと誕生するんだ!


「太陽、大丈夫か?」


 誰かに名前を呼ばれる。男の声だ。あの子の声じゃない。落ち着け、大丈夫だ。僕は……僕は何も、〝忘れちゃいない″。


「大丈夫なのか?」


 正詠の声だ。〝あいつ〟の声じゃあない。大丈夫、大丈夫だ。


「ん? あ、あぁ大丈夫大丈夫。何だっけ、手鞠の話だっけか?」


 頭痛の名残はまだあるが、話を変える


「手鞠じゃなくて相棒のアビリティの話だ」

「そうそうそれだ。で、どうすりゃいいんだっけ?」


 今はいいから。今は〝まだ〟いいから。


「……まずはパッチを当てるんだ」


 パッチ……パッチ?


「おい。相棒の改造って犯罪だろ、大丈夫なのかよ」

SHTIT仮想人権付与法シュティットかそうじんけんふよほうには触れていないから安心しろ」


 正詠はさらりと答えて、ロビンが表示しているデータを僕のテラスに渡した。テラスは不安そうに僕を見ていた。

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