友達/5

 VRゴーグルを外すと、いつもの見慣れた天井があった。


「テラス……近くにいるんだろ?」


 ふよふよとテラスが現れた。

 体を起こして、テラスをじっと見つめてみる。いつも通りのテラスだ。特に変なところはない……はず。


「……検索、パーフィディ 意味」


 ぴこん。

 一瞬で情報が表示される。


「背信……ね。さんきゅな。たぶん疲れてるんだろ? 前と同じでさ」


 ぴこん。

 疲労困憊心身虚弱徹頭徹尾。

 徹頭徹尾はきっと意味が違うと思うよ。


「少し休んでろ。僕は僕でやることができたわ」


 テラスは頷くと姿を消した。

 スマホで正詠と遥香……それと日代と平和島にチャットで連絡をすると、日代と平和島二人からすぐに返事があった。

 階段から愛華が上ってきた。


「にぃどっか行くの?」

「おう。ちょっと友達と遊んでくる。日付が変わる前には帰ってくるよ」

「正詠さんと遥香ちゃんのところ?」

「今日は違う友達だ」

「ふーん……行ってらっしゃい」

「おう」


 バスの時間もそろそろだったため、少し小走りでバス停に向かった。

 待ち合わせ場所はホトホトラビットだ。すでに日代と平和島はいるらしい。正詠と遥香の二人は部活帰りに寄ってくれるだろうし、何よりもまずは日代と平和島に伝えないといけない。


「って……閉店してるじゃん」


 ホトホトラビットの扉には、CLOSEの札がかかっている。


「んーままよ!」


 扉を押すと、鍵がされていないらしくあっさりと開いた。


「これって……不法侵入とか言われないよねな」


 店を見渡すと、カウンターで日代と平和島が座っていた。


「何してんだ。早くこっちに来い」


 店内の照明は全て落とされているが、カウンターのすぐ上に吊るされている照明だけは点いていた。


「で、何なんだよ話って」

「また変な奴が来たんだ。セミダイブしているときに」


 僕が椅子に座りながら話すと、がたりと平和島が体を動かした。


「テラスちゃん、大丈夫なの?」

「ん、あぁテラスは大丈夫なんだけど……えっと出てこれるか?」


 ふわっと、テラスが現れる。相変わらず疲れているように見えるせいか、平和島はテラスの頭を撫でる仕草をした。


「仮にもAIなのに何で疲れてるんだよ」


 日代のノクトがテラスを突いた。それを諫めるようにセレナが現れ、叱るような動作をしている。ノクトはセレナには頭が上がらないのか、すぐに日代の肩に戻っていった。


「それとな、平和島の相棒を狙った理由もわかった」


 日代の目が鋭くなった。


「確か基本構想……とかが、ノクトと一緒で珍しかったからだってさ」

「基本構想?」


 平和島は首を傾げたが、日代の様子に変わりは見られなかった。


「うん。起源が二人とも同じってことらしいんだが……」

「そんなことより、また狙われる可能性があんのかよ」


 日代は頭を掻きながら、話に割り込んだ。


「起源だなんだとか、そんなのはどうでもいい。今回は偶然あの黒い化け物が同じ場所にいたから良かったがな、次はそうはいかないかもしれないぜ。全世界のサーバーを経由されちまったら完全絶対座標持ちの施設からも探すのも難しくなる」


 平和島はセレナを見た。セレナは苦虫を潰した顔で俯いていた。


「セレナやノクトは大丈夫だと思うんだけど……あいつらはテラスが狙いらしいし」


 日代と平和島は、目をぱちくりさせながらこちらを見た。


「テラスがゴッドタイプ? だかなんだからしくて、欲しいらしいぞ。しばらくは調べものするから手は出さないと言ってたけど……また会おう、とも言ってた」


 そこまで話すと、扉の開く音がする。


「到着ー」

「遅れて悪かったな、太陽」


 遥香と正詠だった。

 二人とも部活後ということもあってか、さすがに疲れている顔をしていた。


「悪いな、二人とも部活で疲れてるのに」

「気にするな。それと日代、悪いな。店閉まってるのに」

「これで貸し借りなしだ。いいよな?」

「はは、まぁそういうことにしとくか」


 正詠は苦笑して席についた。


「なんだよ正詠。ここが日代の家だって知ってたのか?」

「有名な話だぞ」

「そうそう。日代の悪評のせいで若い人の客足が遠退くっていう有名な話だよ。ね、日代?」


 遥香がからかうように口にすると、当の本人は「けっ」と悪態をついた。


「で、話ってなんだよ」


 正詠は腕を組んで、真剣な面持ちでこちらを見た。

 僕は先ほど日代と平和島にした話を再度正詠と遥香にした。


「キーワードは、『ゴッドタイプ』、『神』、『パーフィディ』……か」


 正詠は顎に手をやる。


「っていうかさ、太陽の相棒ってそんなに珍しいの? 確かに異性タイプって珍しいけどさ」


 遥香は難しい顔をしながら、宙を見る。正直、自分も遥香と感想は一緒だった。愛華も異性タイプは珍しいとは言っていたが、珍しいだけで怪しい奴らに狙われる程とは思えない。


「えっと……異性の相棒が生まれるのは世界的に見て平均8.3パーセントで、日本の著名人で言うと漫画家の尾形昭一郎おがたしょういちろうさんと、政治家の大池菊子おおいけきくこさんだって。でも強奪とか電子遭難とかはないみたい……」


 平和島はセレナを使って調べていた。


「平和島、そのデータ俺たちにもくれ」

「うん……って、あれ?」


 平和島は今見ているデータを正詠に渡そうとフリックしたが、そのデータはロビンに送られはしなかった。


「あぁそっか。俺たちは平和島と共有宣誓シェア・オース同士宣誓コムレイド・オースもしていなかったな」


「私はしてるけどねぇ」

「遥香がしてるなら、俺と太陽で平和島と共有宣誓すればいいか。どうせ日代とはしてるんだろ?」

「うん。蓮ちゃんとは共有宣誓してるよ」


 平和島は日代のことを蓮ちゃんと呼ぶことにしたようだ。日代は日代で、もう文句を言う気力はなくなったらしい。あれから一体何があったのだろうか。


「ん? それやってないとデータとか共有できないのか?」


 正詠に質問を投げる。「当たり前だろ」と返して、平和島に左腕を伸ばす。


「同士宣誓は少し恥ずかしいから、とりあえず共有宣誓しよう。ロビン、セレナを共有宣誓する」


 ぴこん。

 電子音が鳴る。ロビンとセレナはお互いに笑顔で握手をした。

 前に共有宣誓したときこいつこんなことしたっけか?


「テラス。セレナを共有宣誓」


 ぴこん。

 こちらはロビンみたく握手をすることもなく、音だけだった。


「テラス、本当に疲れてるみたいだね」


 遥香が心配そうに僕の端末を見る。


「ん? そういやまた姿消してるな」


 テラスの姿は見えなかった。


「はい、みんな」


 平和島がまたデータをフリックすると、僕と遥香、正詠の端末にデータが表示された。

 ページ名は世界の有名な異性の相棒となっている。


「確かにリンク辿っても今のところ事件はないな」


 正詠は一つずつ見ているらしく、何度もデータをタップしている。日代以外は正詠のようにデータを見ていたが、やがて痺れを切らした日代が声をかける。


「おい天広。結局お前は俺たちにそれを言いに来ただけか?」

「んー? そうだよ。ほら、特に日代と平和島は狙われる可能性もあるんだし」


 机の上で戯れているロビンとセレナ、リリィを見て答えた。


「と言っても、どうすればいいんだろ」


 遥香がため息と共に口にするが、それに誰も答えることはできなかった。


「まずは太陽、日代、平和島。お前ら三人はネット接続するときは気を付けるようにすることだな。強奪とかは滅多にないが、一応な」


 正詠がデータを閉じてそう言うと、「うん」と平和島のみが頷いた。


「それとな、太陽。これ」


 正詠は僕に一枚の紙を渡した。


「なにこれ?」

「バディタクティクス校内大会の概要だ」


 紙には、バディタクティクスの参加要領がびっしりと書かれている。


「おー。で?」

「参加するだろ?」

「いや、なんで?」

「は?」


 掴み所のない会話を互いにして、首を傾げた。


「参加しないのか?」

「バディタクティクスってさ、すげールールややこしいんじゃねぇの? 僕らが出てもすぐ負けるかもしれないし、それに今さっき気を付けようって話してたじゃん」

「幸い校内大会はゴールデンウィーク後だ。それまでにみっちり勉強すれば何とかなる。それと強奪に関してだが、いくらなんでも人目のあるところでやるほど、パーフィディって奴も馬鹿じゃないだろ」

「んー……それもそっか。勉強もテラスのおかげで余裕できたし、たまには僕も部活じみたものやってもいいか」

「じゃあ参加決定だな。遥香とは途中で話してきて、こいつも一緒に参加してくれることになった。あと二人はこれから探すことになるんだが、空手部の……」


 あ、そうか。バディタクティクスて五人でやるゲームなんだっけか。


「じゃあメンバーは決定だな」

「いやあと二人足りないだろ」

「え? 日代と平和島で五人じゃん」

「え?」

「は?」


 日代と平和島が声を揃えて僕を見た。


「いいだろ、日代、平和島?」

「何でお前らとそんなもんに出ないといけねぇんだ。馬鹿かテメー」

「え、どうせなら話しやすい友達のほうがよくね?」

「だからお前達と俺が何で友達なんだ」

「え、違うの? 確かに付き合い浅いけど、僕ら結構良い関係だと思うぜ?」


 日代の頬が少し赤くなった。


「あはは! 蓮ちゃん、一緒にやろうよ! 私、天広くん達とならやりたいな」


 平和島が笑って日代の肩を叩いた。


「だから何で俺が……!」


 日代は声を荒らげるが、正詠と遥香が日代を見て頷いた。


「太陽が言うなら仕方ない。日代、お前と組んでやる」


 正詠は日代へ小バカにするような笑顔を向けた。


「あんた良い奴だってわかったし、何かの縁だよ。よろしくね、ヒッシー」


 遥香は早速日代をあだ名で呼んだ。


「だから友達じゃ……」

「とりあえず今週の土曜日またここに集まって作戦会議しようぜ。半ドンだし、飯でも食いながらさ」


 日代はまだ文句を言おうとしたが、とりあえず遮っておく。

 みんなが頷いた。


「んじゃヒッシー、席取りよろしくな!」


「諦めろよ日代。太陽がこう言ったらしつこいぞ」


 日代は大きくため息をつきながら頭を振った。


「あぁもうくそっ! 後悔すんなよ!」


 日代の諦めたような声にみんなは楽し気に笑った。

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