電子遭難/3-2

 夜十時ちょうどに全員が集まる。


「なぁ、少し不謹慎なこと言うけど許してくれ」


 テラスは僕の気持ちを汲んでいるのか、楽し気に瞳を輝かせている。


「夜の校舎に忍び込むことにわくわくしている」


 正詠と遥香、日代が呆れたようにため息をつく。いやまぁそういう反応されるってわかってたけどさ。確かに不謹慎です、ごめんなさい。


「おら、行くぞ」


 裏門の前で日代は言うが、そうは言っても……。


「いやあのさ、日代。ここのセキュリティ大丈夫なのか?」


 日代はにやりと笑うと、ノクトが現れた。ノクトの手にはアイスピックやらドライバーやら何に使うかわからない機器が沢山持たれていた。いや、何に使うかわからないというのは違うか。明らかにピッキングっぽい雰囲気。


「大丈夫だ、行くぞ」


 門をよじ登って日代は学校内へと侵入した。警報は確かに鳴らない。


「そんじゃあ次は僕が行くかな」


 日代を真似て登ろうとしたが、中々そうはいかなかった。これが筋肉量ってやつか。これが帰宅部と不良(仮)の違いってやつか。なんて人生は理不尽なんだ。


「何やってんだ、早くしろっての」


 正詠に尻を押されて校舎の中に。着地は大失敗。正詠と遥香は日代のようにひょいと乗り越えた。そうだな、うん。少し運動をしよう。少なくともこの校門を飛び越えられるぐらいには。


「行くぞ」


 日代の声に余計な感情はなかった。急いでいるわけではないのだろうが、ここで変に時間をかけたくないのだろう。日代はドアやら窓やらをさくさくっと開けて、どんどん校舎の奥へと侵入していく。

 怖いくらいに、彼は〝慣れている〟。

 そして、今回の僕らの目的地である地下演習場への扉も、彼は簡単に開けてしまった。


「さて、ここでフルダイブするぞ。時間が惜しい」


 日代は地下演習場の電源を入れる。照明が点いたため、目が眩む。目が慣れると、そこにはゲームセンターにあるような筐体がずらりと並んでいた。


「適当に座れ。使い方は感覚でわかる」


 日代が早速筐体に座る。足、腕、首とリングのようなものを装着していた。最後にバイクのヘルメットに類似しているものをかぶろうとしていた時に、正詠が声をかけた。


「お前のその力、もっと別の方向に役立てられたろうに」


 正詠も同じように筐体に座り、機器を取り付けていく。


「はっ。綺麗な道を歩くだけじゃあ守れないものもあるんだ。覚えておけよ、優等生」


 日代と正詠はほとんど同時に、ヘルメットをかぶった。僕と遥香も彼らを真似てヘルメットをかぶる。


――同志宣誓、共有宣誓ヲ確認。相棒名、ロビン、リリィ、ノクト。座標設定完了、フルダイブ準備完了。


 機械的なアナウンスの声が聞こえた。

 ヘルメットから見える風景は、青い線で区切られた黒い世界。イメージ通りの電脳世界だ。


――フルダイブ、行いますか?


「頼む」


 声で返事をすると、体が急にふわりと浮いたような錯覚と共に、体が落ちていく感覚が襲い掛かった。


「なん!」


 しかしそれは一瞬で、ふいに〝世界〟が広がった。

 視界全てに〝情報〟が押し寄せてくる。視覚だけでなく聴覚でも、触覚でも感じられる。それだけではない、匂いがする。食べ物とかそういったものではない。もっと直感的な匂い。これは〝数式〟の匂い。ぺろりと唇を舐めると、それは〝文字〟の味。五感全てで情報を感じられた。

 はっきり言って、情報が多すぎて気持ちが悪い。


「これは……」

「日代。早く平和島の家のアドレスをくれ。情報が多すぎて酔いそうだ」


 正詠の声が耳元ではっきりと聞こえた。


「ほら」


 ぴぴぴ、という短い連続した電子音と共に世界が変わった。

 先程よりも情報量は減っており、情報過多による不快感は減っていた。

 そして、ここでみんなの姿を確認できた。


「え?」


 みんなの相棒が人間サイズになっていた。

 そしてその周りに、相棒サイズになったみんながいた。


「どういうことだ、これ」


 体を動かすと、〝自分が想定していない体が動いた〟。


「お前フルダイブは知っているのに、このことは知らないのか。フルダイブ中はこいつらがメインなんだから、サイズが変わるんだぞ。で、俺らが普段のこいつらサイズになるんだ」


 ロビンがニヒルな笑みを浮かべて、肩を竦める。

 こいつ、でかくなると腹立つな。


「そうなのか……おーいテラス、顔を向けてみろ」


 と言っても動かない。


「テラスはお前が意識したように動いてくれるからもっとこう……直感的に命令してみろ」


 正詠のアドバイス通りにして(出来たかは不明だが)みる。すると、テラスがこっちを向いた。

 テラスは僕を見るとにっこりと微笑んだ。

 近くで見るとこいつやっぱり可愛いな。DNAの奇跡って、色々な次元を超えるんだなぁ……。


「ふざけてないで、ほら」


 正詠が言うと、テラスと自分の目の前に、リストが表示された。


「ここからおかしなデータを探せ。絶対に一つだけおかしいのがある」


 正詠と日代は既にリストの中を探し始めている。遥香は二人の様子を見ながらリストを探している。


「うーん。テラス、お前も超高性能教育情報端末なんだろ。すげー処理能力を見せてくれ」


 テラスはこくり頷くと、物凄い勢いでリストをチェックしていく。


「はは……さすがっすわ、超高性能教育情報端末」


 慣れない小さい体でリストを見ていくと、それはもうあっさりと、あまりにもおかしなIPへのアクセス、そして確実に日本ではないドメインがあった。


「いやー僕もさすがっすな」


 本当に、僕はこういうところで運は良い。


「おい、これじゃねぇの」


 リストの一行をマーキングして、指でフリックして正詠に渡した。

 正詠はそのリストを見て「本当にあったのかよ」とぼやいた。リストを確認すると、正詠は無言で頷いた。


「おい優等生。よこせ、そこに飛ぶぞ」


 日代のノクトは鋭い視線をこちらに向けている。ゲームに登場するような暗殺者っぽい。


「待て素行不良。相棒強盗だ、何かあってからじゃあ遅い。まずはパスを開いて座標がちゃんと存在しているかを確認する」


 いつの間にか二人は変なあだ名を付けあっていた。

 何か作業をして、数分待つ。ロビンが何かを正詠に伝えている。


「海外サーバーをいくつも経由しているな……あった。よし、パスも存在も確認できる。運が良いぞ」


 ロビンと正詠は互いに満足気に微笑み合った。


「おし、行くぞ」


 正詠がみんなを見て、僕たち全員が頷いた。

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