第三章 電子遭難
電子遭難/1
七時ぴったりにテラスは起こしてくれた。
それはもうやかましいことこの上なく、ガラスを引っ搔くような音や、フライパンを何度も叩くような音、鶏の鳴き声、それと普通の目覚ましの電子音。最初は電子音で挑戦して、起きなかったらバリエーションを増やしていくという考えはなかったのですかね、超高性能教育情報端末さん。まぁ起きることができたから良いんですけど。
バスに乗り遅れることもなかったし、勿論遅刻することもなかった。ただしあの目覚ましのせいで、昨日と違った頭痛が襲ってきている。
「あぁだるい」
靴を履き替えて教室に向かう。二年三組にいつも通り進んでいたのだが、どこかで道を間違ってしまったのかもしれない。無駄に人だかりができていた。
その人だかりの奥からは誰かが声を荒げて何かを喋っている。
「なぁなしたの、あれ?」
僕は一番身近にいた
「けっ。興味があんなら自分で見にいけばいいだろうが」
悪態をついて日代は教室へ入っていった。
そういやあいつって一応不良の類だっけか。悪いことしたなぁ……僕みたいな凡人が話しかけたら彼の不良の格みたいなのが下がるかも。たぶん悪い奴じゃあないと思うんだけどな。
しかし興味か……まぁあるし行ってみるか。
「よっと、通してねっと」
人だかりを掻き分けて前に進んでいく。
その途中で何人かが「お、ナマコの太陽」とか「ヌメヌメしてるか」とかかくもひどいことを言われ始めた。もうナマコのことは忘れてくれよ。
先頭まで来ると、クラスメイトの
「とりあえず職員室に来なさい。事情はそこで聞こう」
「はい……」
二人はその場から去っていった。
「何だったんだ、一体」
状況は何もわからないまま、クラスメイトは話しながら教室へと入っていった。それに僕も続いて自分の席に着いた。
テラスは机の上に現れて、こちらを不安そうに見つめている。
――ねぇ聞いた? 平和島さん、相棒が
――うっわ。貰ってからまだ少ししか経ってないのに、可哀想。
――電子遭難した場合って、実質在学中に再配布なしでしょ?
――成績は良いのに、もったいない。
なるほどね。様子見に行くよりも噂話に聞き耳立ててた方が良かったな、こりゃあ。
「おい太陽」
「おっす正詠」
正詠はこちらの挨拶は無視した。それも当然だろうな。
「聞いたか?」
「少し」
「電子遭難だってな。さすがに……知っているよな?」
「ニュースはそれなりに観てるからなぁ」
電子遭難。相棒がネット接続中にはぐれてしまうことだ。現在、電子遭難した相棒は戻ってきたためしはない。
「こりゃあ遥香が荒れるぞ」
「遥香は平和島と仲が良いからなぁ」
と、そこまで話すと大きな音と共に一つの机が教室の最前列まで吹っ飛んだ
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ」
正詠の顔が見るからに不機嫌になった。どうもああいう不良っぽい類と正詠は相性が悪い。
「ちょっと文句言ってくる」
「正詠、ストップ。あれはあいつの優しさだよ」
「どういう……ってあぁなるほどな」
いつの間にかクラスでは平和島の話ではなく、素行不良の日代の話に変わっていた。
「くだらねぇ」
そう言うと日代は教室から出て行った。
やっぱり悪い奴じゃなさそうだな、あいつ。もっとしっかりと話す機会があれば仲良くなれそうなんだが。
「とはいえ、遥香ならきっと……」
そんなことを不安に思う朝だった。
で、昼休み。僕と正詠と遥香は屋上で昼食を食べていた。つもなら人気スポットなのだが、今日は静かで僕らしかいなかった。昼食を終えた後、朝の不安は的中。もう予言者になれるんじゃねぇかってくらいに超的中。
「何とかしたい」
遥香の一言。
色々言葉が抜けているが、まぁあれだ。平和島の相棒が電子遭難したから、それを助けたいってことだ。
「遥香、無理だ諦めろ」
正詠は紙パックの牛乳を飲みながら答える。
「何でよ!」
「電子遭難ってのはそんな簡単じゃねぇんだ。お前は太平洋に落ちた砂粒を探せるか?」
「無理だけど今回は砂粒じゃないじゃん。相棒じゃん」
「もう一度言うぞ。無理だ。俺たちの自宅のネット環境じゃ探している間にこっちも電子遭難だ。お前ネット舐めすぎ」
牛乳を飲み終えて、正詠はそれを袋に詰め込む。
「むぅ……」
遥香が頬を膨らませながら、正詠を睨み付けている。
「正詠、何で無理なんだ?」
きっと自分である程度調べていたのだろう。僕たちがこういったことを言い出すのも知っていたはずだ。それでもまだ正詠は策を練ろうと、顎に手をやり考える仕草をしたが、すぐに頭を振った。
「やっぱり無理だ。探すにしても環境が悪すぎる。一般家庭のネットは浮動不確定座標だ。最低条件として、完全絶対座標のネット環境が必要だ」
「その心は?」
「完全絶対座標があれば、こいつらが電子遭難する可能性はないから安心して探せる」
正詠はロビンを見て微笑む。
「だが、その完全絶対座標ってのは特定の許可申請を国に出す必要がある。その申請は簡単に通らないし、普通の施設じゃあまず無理だ」
正詠は立ち上がる。それを見て、僕と遥香も立ち上がり彼と一緒に教室に戻ろうとしたが、それをドスの利いた声が制止した。
「完全絶対座標があればやんのか、お前ら?」
ペントハウスの屋根から、日代が僕らを見下ろしていた。
「日代……」
正詠の表情が険しくなる。相変わらず嫌いなんだなぁ、こういうタイプ。
「おい、やんのかよ」
日代はペントハウスから降りて、正詠を挑発気味な瞳を向けた。
「お前に関係ないだろ、日代」
「いいや、ある」
日代の周りを、黒い外套に身を包む白髪の相棒が現れる。
「やるんだったら、俺にも一枚噛ませろ」
日代は不敵な笑みを僕らに向けた。
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