タマゴ/2

 バースデーエッグ・プログラム。国から提供される超高性能教育情報端末〝相棒バディ〟の使い方、〝育て方〟を教える授業。

 新しい情報社会に殻を破り産声を上げた情報初心者ルーキーたちよ。

 というくっさい口上から、バースデーエッグと名付けられたらしい。

 厨二病、乙。


「みんな、相棒は受け取ってくれたかね?」


 柳原の言葉に皆が静かに頷く。


「まずはそれを腕に付けておくれ」


 言われた通りに皆が腕に付けた。

 するとキュインという電子音と共に、それぞれの目の前に“タマゴ”が浮かび上がった。


「空間ディスプレイに支障はないかね?」


 柳原は一人ずつ顔を見ていく。


「なさそうだ。今、君たちの目の前にあるのが、今後君たちの相棒だ。まだタマゴだが、明日の今日と同じ時刻にそれは孵化する」


 おー、と感嘆の声が方々から上がる。


「一つ一つの端末には君たちの今までの成績、簡単な性格分析などがインプットされている。今日一日はそれを肌身離さず持っているように。勿論、完全防水だ。ついでに防塵、防熱、防寒、対衝撃でもあるから安心してお風呂に入っておくれ」


 柳原の話には熱が籠っている。しかしそれとは対照的に僕は冷めていた。

 あぁ、なんて可哀想な相棒。僕みたいななんの特徴もない男にもらわれるなんて。いつかこの子は言うだろう。「あなたのところになんか生まれなければ」と。思春期を迎えた娘を持つお父さんの気分だ。僕はまだ十七歳だし彼女もいないし童貞だけど。

 何となくつついてみた。ぷるぷるとタマゴが震える。


「あっはっはっ。早速コミュニケーションを図るのは良いことだ、十四番くん」


 ぽんと僕の肩に柳原の手が置かれる。

 びくりと体を動かすと、能面のような笑みを張り付けながら、柳原は続ける。


「では君から始めよう。タマゴに向かって自己紹介してみなさい」

「はい……」


 くっそ恥ずかしいけども。


「えーっと、僕は……」

「ノー。いけないよ、十四番くん。これからその子は君の相棒になるんだ。もっと親しみを込めなさい」


 お前キャラ違くね!?


「さぁもう一度だ」


 くそ……なんか納得いかないけど、みんなの期待に応えなければなるまい。


「よっ、おら、天広 太陽! おめー丸いなぁ!」


 沈黙。

 しかも長い沈黙。


「……ふむ」


 なんか柳原は急にトーンダウンしてるし、クラスメイトからは微妙な視線を向けられている。


「……」


 じっとタマゴを見ていると、タマゴが横に倒れた。


「何で横に倒れたし! やめろし! なんで産まれてもないお前がこけるし! お前僕をフォローして倒れるならせめてもっと早くこけろし!」


 クラスが笑いに包まれた。


「さっすが天広! 馬鹿にされることに関しては天才だなぁ!」

「うるせーうるせー!! おいこのタマゴ野郎! てめぇ産まれてもないくせに僕のこと馬鹿にすんなよ!」


 タマゴはころりと転がった。それは寝転がっている奴がこちらをチラ見して、「うわっ」と言いながら背中を向けるように見えた。


「うがぁーー! 柳原さん! こいつ交換してください! 生意気だし既に可愛くない!」

「……」


 ぎろりとした視線が自分に向けられた。


「あ、えっと、はい。最高の相棒です、交換なんてあり得ませんよね、はい」

「君の相棒は異性タイプか。異性タイプはコミュニケーションが大変だ。しっかりと信頼関係を築きなさい。AIとはいえ感情があるのだから」

「え、マジすか」

「そうだよ。だから、気を付けなさい。〝家出〟なんかしないようにね」


 背筋がぞわりと震える。


「どういう、意味ですか」

「感情があるんだよ、相棒にはね。だから勿論、家出もするさ」


 柳原の目は、獲物を狩る猛獣のようだった。それを誤魔化すように笑うと、柳原は教壇に戻った。


「さて、時間もそこそこですので、バースデーエッグの授業はここまでだ。各々、タマゴには自己紹介をしておくように。明日以降は私ではなく、この学校の教師の方が受け持ってくれます。では皆さん、またどこかで会おう。近々ね……」


 さらりと柳原が言うと、ちょうど鐘が鳴った。号令と共に柳原に一礼すると、早速さっきのことで遥香が突っかかってきた。


「あらータマゴに馬鹿にされた太陽くんじゃなぁーい?」

「……黙れゴリラ」

「んーあんたの頭を割って目玉焼きにしてやろうかぁ?」


 オーマイガッ!

 遥香の手しか見えない! 痛い! これ見たことある、プロレスで見たことある!


「そこまでにしとけ、遥香」


 遥香は頭をぺしりと叩かれる。


「助か……ったよ」


 ゴリラ、もとい遥香の手から開放してくれたのは、高遠 正詠たかとお まさよみ。もう一人の幼馴染みだ。ちなみにイケメン。勉強もできる。スポーツは上々。


「あー正詠はいいよなぁ。きっとすげぇ格好いいのが産まれるぜ。けっ」


 正詠が嘆息して遥香を見た。


「なんだこいつ?」

「朝から、『きっと僕のバースデーエッグからはナマコが産まれるんだぶひぃ』って言って勝手に凹んでんの」

「馬鹿かこいつ」


 二人が近くの椅子に座る。


「おっ、見ろよ」


 正詠が自分の近くにいるタマゴを見た。


「あははっ! なんか話してるみたい!」


 僕と遥香と正詠のタマゴが向かい合って(と言っていいのかわからないが)、何やら左右に揺れている。


「タマゴのときから仲良しってのは、なんかいいな。僕のはナマコだけど」


 こてんと僕のタマゴが倒れた。


「ぷっ」

「くっそ、不覚だ」

「ちょっと、もうやめてよ……」


 僕たち三人はこれから産まれるであろう相棒を見て、心が温かくなるのを感じていた。

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