太陽のオトシゴ
南多 鏡
第一部 バースデーエッグ
第一章 タマゴ
タマゴ/1
陽光高等学校。戦前より続く伝統深い学校だ。新しい技術を常に受け入れていくことが、学校を長く続かせるコツだと入学式の時に校長が言っていた気がする。
新しいものを受け入れる柔軟性からだろう。校則は適度に厳しく、適度に緩い。 そこが、僕……
そんな僕は今、とても憂鬱だ。
その原因は二年生になると始まる、とある授業にある。
バースデーエッグプログラム。
国が学力格差を防ぐために用意した最高の学習AIを扱う為の授業。その授業で配布されるAIは、個々人の性格、学力、特徴に合わせた容姿持ち、勉強からプライベートに至るまでフォローしてくれる。
「あぁ……憂鬱だ」
既に始業式も終わり、新しく通うことになった二年三組。その中でも窓際、真ん中より少し後ろの席。そこに僕は腰かけた。
「よっ、太陽!」
ばしんと背中を叩いてきたのは、幼馴染みの
「なんだよ狂暴女」
「あぁん? 生意気言うのはこの口か~?」
後ろから前に回って僕の両頬をぐいぐいと引っ張る遥香。
甘栗色のショートヘアーはそれだけで彼女が活発な印象を表し、少しだけ乱暴な言葉遣いがそれを確たるものにし、粗雑な行動がそれを狂暴というものへと昇華する。
「ごひぇんなひゃい」
「わかれば良い」
一応話せばわかる類なので御しやすいものの、なんやかんやと絡まれるのはいただけない。
「んで、何で憂鬱なのさ」
遥香は僕の前の机へと座る。短めのスカートから見える健康的な両足を見て、僕は答える。
「今日はバースデーエッグの授業があるだろ? それが嫌なんだよ……」
「人の足見ながら普通に答えるって、あんたどうかしてるよ」
「……ぶひぃ、遥香たんの生足だぉ」
「キモい死ねカスクズキモい」
遥香の期待に応える返答をしたのに、ひどいもんだ。
「というかさ、バースデーエッグなんてみんな楽しみにしてるもんじゃないの?」
遥香はそう言って周囲を見る。確かに、クラスメイトが話している話題はそればっかりだ。中には『良いパートナーを孵化させるためには』という本を読んでいるものもいる。
「僕はなんも特徴がないからきっとナマコみたいな奴に決まってんだよ……」
「あんたねぇ……」
そこまで話すと鐘が鳴る。
ざわざわとした喧騒が一瞬で静まり、皆が席についた。そして、教室のドアが一つ開いた。僕らの担任だ。
「お、さすがに今日は休みのやつはいないか」
担任はドアをくぐるときに、クラスを簡単に見渡す。その顔はどこか嬉しそうだった。
「さて、ホームルームを始めたら、お前たちお待ちかねのバースデーエッグを配付する」
ひゅう! と誰かが口笛を鳴らすと、今まで潜んでいた喧騒がまた現れた。
担任は出欠と連絡事項を伝えると、ごほんとわざとらしく咳払いをする。
「では、これよりバースデーエッグの授業を始める」
その一言と同時に、また教室のドアが開いた。
そこから現れたのは見慣れない白衣に身を包む、痩せた眼鏡の男だった。
「お願いします、
担任は柳原という名前の男に一礼すると、教室の隅にあるパイプ椅子に座った。
男は大きな鞄を持っており、それを教壇の上に置いた。
「陽光高校、二年三組の皆さんはじめまして。私は
男はそこまで話して、大きな鞄を教壇に置き一度咳払いする。
「この鞄の中には君たちに配付するウェアラブル端末一式が入っている。これらは君たちに正式に譲渡されるもので、私の手から君たちの手に渡った瞬間に、君たちの財産となる」
柳原は僕たちへと背中を向け、チョークを手に持った。
「ではまずバースデーエッグについて簡単に説明していこう」
カッカッカッ。
小気味良い音を立てながら、黒板に神経質な文字が刻まれていく。
「バースデーエッグとは君たち若人の教育格差をなくすもの。これはわかっているかね? 金持ちの家に生まれたものは有能な家庭教師、効率的な塾に通えるが、金のない家のものはそうはいかない。それでは不平等になる。努力による差はあれど、環境によって格差が生まれてはならない。更に、今は超情報社会。この情報格差もなくさないといけない。一昔前の俗に言うガラパゴス携帯、スマートフォン……これを扱えることが出来るもの、出来ないもの。使いこなしソフトを開発できるものは情報強者と呼ばれ、逆はもちろん情報弱者と言われる」
柳原は文字以外にも図などを細かく書いていった。
「さて、十八歳未満が所持して良い通信端末は現在制限されている。出席番号二四番、学生が所有可能な情報端末、それは何か答えなさい」
急な指名に慌てたのは指名されたやつだけではない。みんなが思ったろう。
――え、指名されんの?
と。
「えーっと、スマートフォンまでです」
「そう、その通り。十八歳未満で高等学校、もしくはそれと同系統の教育機関に在学しているものは、一部を除きスマートフォンに分類される通信端末以外を所持してはいけない。しかも情報閲覧はかなり限られており、デリケートな情報を入手するのは至難の技だ」
柳原は板書を終えてこちらに向き直る。
「何故か答えなさい。出席番号十四番」
げっ、僕か。
「あー、えー……情報の真偽判断力がまだ弱いから、ですか?」
少しの間。
「うむ、及第点だ。しかし、情報端末の所持や情報閲覧を制限しては、君たち若人と我々成人との間には大きな情報格差が生まれてしまう。そこで……」
柳原は左手の甲を僕らに見せた。白衣の裾はするりと落ちて、そこから黒いブレスレットのようなものが見える。
「超高性能教育情報端末……通称は〝
柳原は得意気に笑ってそう言った。
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