第七章 ヴァイオレットと紫のクオリア PART5
5.
拍手が鳴りやまない中、火蓮の元へ向かい握手を交わす。あの感覚がなければ演奏は失敗していたに違いない。
プロデューサーや他のスタッフ達まで拍手で迎えてくれていた。プロデューサーは手を伸ばしてこちらへやってきた。
「お疲れ様。水樹君、本当によかったよ。しかし火蓮君も大胆な指揮をするなあ。指揮の途中にタクトを投げ出すなんてね。水樹君、そんな打ち合わせをしていたの?」
「……すいません。ただのスタンドプレーですよ」
火蓮が舞台裏に戻ってきた。額からは汗が滴っている。
「あそこからはピアノがほとんど独奏状態に入りますからね。オーケストラは最後の一節合わせるだけです。それでつい水樹にプレッシャーを掛けたくなったんです」
「そういうことだと思ったよ」
プロデューサーはしかめっ面になり言葉を濁した。
「次回からは気をつけてくれよ。お互いが兄弟だからパフォーマンスとしていい意味で受け取られるかもしれないけど、今回だけだからね」
「……はい、すいませんでした」
プロデューサーが去った後、泣きながら風花が走ってきた。手を上げると、彼女は何もいわずに抱きついてきた。体が再び熱を帯びていく。
「成功してよかった。本当に、本当によかったね」
火蓮は当たり前だといって風花の頭を撫でた。
「当然だろう。俺達を誰だと思っている」
自信に満ち溢れている火蓮を見て水樹は笑った。
テレパシーみたいな音波の中には彼の懸命な執念まで送られてきていた。きっと火蓮も必死の行動だったのだろう。
「……さあ、二人ともこっちに来てくれ」
火蓮に促されてついていくと、長机が並べられた部屋に入った。きっと公演が終わった後の場所を予め準備していたのだろう。
火蓮が口を開く前に、風花が先に声を上げた。
「演奏が終わったら話があるっていってたよね? その話をここでするの?」
「ああ、今からここでその話をしようと思っている。風花にずっと話したかったんだ。俺達二人のことを」
「風花は気づいているかもしれないが………………オレは水樹じゃない」
彼女の顔に怯えはなかった。きっと大分前からわかっていたのだろう。
「事故の時から魂が入れ替わったんだと思う。きっとオレの名は……カレンなんだ」
「どうして……そう思うの?」
「ピアノを弾いて違和感を覚え始めたんだ」
乾燥した唇を舐めながら告げる。
「事故当時、オレは記憶がないまま風花に促されてピアノを弾いただろう? だけど、ある日ヴァイオリンを弾いて自分の魂はこっちではないと思い始めたんだ」
「俺達は三回も入れ替わっている。きっと元の魂が戻ろうとしているんだ」
「やっぱり……そうだったの」
風花は細い声を上げて唸った。
「私も何かすっきりしなかった時があったんだ。水樹が帰って来てから、4人で飲んだ次の日に火蓮が指揮をしたでしょ? あの時には人格が入れ替わったといいたいんじゃない?」
「その通りだ。その時にはオレがカレンの人格だった」
「俺たちは今日のコンサートまでと決めていた。最後くらい十年の集大成であるコンサートまでやり遂げたいという思いで今日の舞台に立ったんだ」
「それで……風花に一つだけ決めて欲しいことがある」
「……私が決めること?」
「ああ、風花にしか決められないことがあるんだ」
次の言葉を口に出そうとした瞬間に火蓮が割り込んできた。
「それはお前が俺達二人と十年ずつ付き合ってきたということだ。だから今この場でどちらかを選んで欲しい」
……え?
火蓮を見ると頬を緩めていた。風花との別れを納得していたのに彼の言葉を聞いて再び動揺の波が襲う。
……もし彼女がオレを選んだのなら、再び一緒にいる生活ができるのか?
彼女を見ると、重く頭を悩ませているようだった。
「……いきなりそんなことをいわれても困るよ」
「そうだよな。お前は悪くない。俺達が悪いんだ。こんな状況など考えられるはずがない。けどこれだけはお前にしか決められないことだ」
「……そうよね」
風花は頷いた後、一つ空咳をし、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、それを決める前に一つだけお願いを聞いて貰っていい? これから会って欲しい人がいるの」
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