第六章 ヴァイオレンスブルー&サイレントレッド
第六章 ヴァイオレンスブルー&サイレントレッド PART1
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第六章 ブルー レッド
ヴァイオレンス サイレント
&
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1.
「…………熱はなさそうね。よかった」
ぼんやりと目を開けると風花がいた。
「これは夢か。何でオレの前に風花が……」
風花は優しく笑いながら自分の頭を撫で始めた。
「何いってるの? 水樹の好きな瓦蕎麦を作ろうと思って材料を買ってきたのよ」
「風花がオレの前にいるわけないだろ。オレは火蓮なんだから」
そういうと、風花は横にいる火蓮に向かって笑いかけた。
「ねえ、火蓮。水樹はどんな夢を見ていたんだろうね?」
火蓮は笑いながら自分の方を見る。
「大丈夫か? 最近酒の飲みすぎなんじゃないか」
立ち上がるとリビングにいることがわかった。ソファーの上で寝ていたようだ。
頭痛の原因は飲酒だとわかる。テーブルの上にはワインボトルが二本並んでいたからだ。窓をぼんやりと眺めると、すっかり夜の風景に変わっていた。
「本当に大丈夫か? 明日で公演が終わるというのに、お前のために帰ってきたんだぞ」
「そうだぞっ」
風花は蕎麦に乗せる卵焼きを切りながら、火蓮の言葉を繰り返した。
風花がフライパンで蕎麦をジュージューと音を立てている。その料理を本当に自分が食べていいのかすらわからなくなっていた。
「……兄さん。オレはね……本当は蕎麦よりもうどんが好きなんだよ」
「そうか……」
火蓮は動じる様子を見せずに頬を緩める。
「でも風花はお前のために作ってくれているんだ。ちゃんと残さず食べないといけないぞ」
そういって火蓮は自分の頭をごしごしと撫で回した。彼の一言で心の中にあるわだかまりが吹き飛んでいく。
フライパンの火が消える音がした。風花は三人分皿に蕎麦を盛ってテーブルに運んできた。皿を見比べて見ると水樹の分が一番多かった。
彼は楽しい食事を満喫した、ように装った。
◇◇◇
風花を送るため二人で外に出る。外の空気はひんやりとして一時だけ自由を感じることができた。
風花は腕を絡めてくるが素直に喜べる状況ではない、昨日彼女がどこで何をしていたのかという疑惑が浮上していく。
「……大分寒くなってきたね」
風花が吐く息は白く、自分に降りかかる距離にあった。
「……そうだね」
力なく頷くと、彼女は心配そうに額を触ってきた。
「どうしたの? やっぱりまだ頭が痛い?」
風花はお互いの額を合わせるように背伸びをしてくる。彼女の少し熱を帯びた感触がなんともいえず心地いい。
「大丈夫。外に出たら治ったよ、ありがとう」
……この関係は一生続くと思っていたのに。
彼女との未来予想図を完成させると同時に終わりのタイムリミットが迫ってきていた。その期限は明日くるかもしれないし、一ヵ月後かもしれない。無限ではないことは確かだ。
「瓦蕎麦、本当に美味しかった、今度また作ってよ」
風花の体を離し手を握る。彼女に気持ちが伝わるように熱を込めていく。
風花の家の前につくと、抑えきれず彼女を思いっきり抱きしめた。
「どうしたの? 今日はいつになく激しいじゃない。昨日は何もしてこなかったくせにさ」
「え?」
「私が手を握ろうとしても、ファンの子に文句をつけられるぞって脅してきたじゃない」
……火蓮は何もしていないのか?
理由はわからなかったが、体は素直で途端に気分がよくなっていく。
「そうだったかな。ごめんごめん」
「ちょっとだけよってく? 冷えちゃったでしょ。お茶一杯だけでも飲んでいってよ」
「……ううん、それはできない」
火蓮に対して申し訳ない気持ちが沸いていく。ここにいていいのはオレじゃないからだ。
「どうしたの? まさか心臓の調子が悪いの?」
「いや、大丈夫だよ」
「じゃあどうして? 私のことが嫌いにでもなった?」
「嫌いになんて……なるわけないよ」
心を込めて告げる。
「本当に風花のことが好きだよ。出会ってからずっとずっと好きで、それはこれからもずっと変わらない……」
「どうしたの? まさか本当に熱があるとか?」
「いや、そうじゃない。今いわないと……後悔しそうな気がしてさ」
「ん……ありがと」
風花はそういって抱きしめ返してきた。
「私も水樹が好きよ。ずっとずっと好き。水樹以外なんて考えられないよ。だからこれからもずっとそばにいてね」
高ぶる気持ちを抑えきれない。全てを打ち明けたくて堪らない。だけどこのタイミングでそれはできないことはわかる。
……オレの口からいうのは失礼かもしれないけど、いわせてくれ、火蓮。いやミズキというべきなのか。
「風花、オレと結婚してくれ」
彼女の体を感じながら耳元で告げる。
「年末のコンサートが終わったら一緒に住もう。オレにはお前が必要なんだ」
「…………うん、嬉しい」
風花は寄りかかりながら小さく頷いている。言葉だけではなく肩で受け取ったサインが何より自分の心に熱を帯びさせていく。
「今日は逃さないからね、嫌だっていっても離さないから」
風花の家に上がると、遥の気配はなくそのまま彼女の部屋に入った。
「ちょっと待っててね。コーヒー淹れてくるから」
ベッドの上に座って待っていると、懐かしい写真があった。小学校の時に風花と二人で撮った写真だった。長い黒髪の女の子と、華奢な男の子が二人で写真に向かってはにかんでいた。
その写真を見て違和感を覚える。妙にフレームが新しい。最近新しいものに代えたのだろうか、写真には不釣合いなフレームに感じる。
しばらく吟味していると、風花が盆に乗せてコーヒーを持ってきた。
「あんまり濃くない方がいいでしょ? 体にもよくないしね」
「うん、ありがとう」
一口啜ったが、苦味しかなかった。それでも自分のために入れてくれたのだと思うと胸が熱くなった。
コーヒーを飲みながら再び写真を覗く。やはり違和感を覚えていく。
「……ねえ、この写真っていつ撮ったの?」
「これはね、5年生の時かな」
そういって風花は昔話を始めた。今まで過去の話には触れなかったため、新鮮に感じる。
「水樹、覚えてる? 水樹が髪の長い方が好きだっていうからずっと伸ばしたんだよ」
全く記憶にない。きっと自分ではないから思い出せないのだという結論に達する。
「……覚えてる。昔は髪が長かったんだよね。何で切ったの?」
「そういうことは普通訊いちゃ駄目よ。まあ、一般的にそういう時は失恋した時っていうでしょ」
「失恋したの? 誰が?」
「私しかいないじゃない」
「誰に?」
「……水樹に」
えっ、と思わず声を漏らした。
風花は両手の親指をモジモジさせながらいった。
「最初は断わられたのよ。だから二度目のアタックで、水樹をものにしたってわけ」
なぜ告白を断ったのだろうか? 他に好きな女の子でもいたのだろうか。
「……今日ね、お父さんいないんだ。用があるっていって、東京に行っちゃったんだ。だから、ねえ、いいでしょ?」
この空間には、風花の甘い香りが漂っている。彼女の髪、衣服、そしてベッドが目の前にある。
……本当にここに自分がいていいのか、自分でいいのか。
「今日は帰らないと。兄さんが心配するからさ」
「……怖いの?」
風花の声が響き渡る。
――自分の人格が違うから怖いの?
そう訊かれているような気がしていく。
……そうだ、オレはもう水樹ではいられなくなる。
このチャンスを逃せば次はない。オレはもう風花を愛すことはできない。
何もいわず口づけを交わす。自分の気持ちを押し殺すことはできない。そのまま部屋の明かりを消して体を抱き寄せた。
言葉で言い表せないことを体でぶつける。
今の状態がずっと続くわけじゃないこと、風花が好きだけどもう触れることができなくなること、これが最後になっても愛し続けること。
風花も体を強張らせているが、自分の気持ちを汲み取ってくれているようだった。熱く抱きしめると、彼女も細い腕でしっかりと絡めてきた。熱を奪うように口付けを交わすと彼女も負けじと唇を奪ってきた。
この夜は何度も何度も求め合った。心も体も繋ぎとめていたかった。時間を止めて一つになりたかった。
なれずとも、風花の体を魂に刻みたかった。
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