第五章 サイレントブルー&ヴァイオレンスレッド PART5
5.
「ほら、見て。ファンの子達が花束を渡してるよ」
演奏が終わると、前衛にいた女性群が一気にステージに押し寄せた。火蓮は苦笑いを浮かべながら、それぞれの花束を受け取っていた。その苦笑いでさえ自分のものになっていた。
拍手が鳴り止むと、美月がオーケストラを従えながら入ってきた。赤いドレスを身に纏い端正な顔立ちで両頬が浮き上がっている。
司会者が曲の題名をいう。その題名を聞いて耳を疑った。
『ラ・チ・ダレム・ラ・マーノの変奏曲作品2』
生涯を通してピアノにこだわり続けたショパンが作った数少ないオーケストラの曲だ。オーケストラとピアノによる曲は6つしかなく、もとは学校の課題だったらしい。
タイトルの意味は『お手をどうぞ』。ワルツの曲をショパンがアレンジしたものだ。
美月は軽やかなヴァイオリン捌きを見せながら観客を圧倒させていた。学生のオケの中に一人プロが混じるとここまで変わるものなのかと驚愕する他ない。
……なぜ彼女はこの曲を弾いているのだろう。
ショパンのオーケストラは味気なくつまらないといっていた彼女がだ。火蓮の指揮があるまでは、コンマスをしないといっていた彼女がなぜ――。
……そういえば、この曲。中学時代で。
不意に中学時代の記憶が蘇る。確か東京であったコンテストの優勝記念にチェンバロで日本交響楽団と演奏できたはずなのだ。あの時は自分が優勝して、チェンバロを弾いて……。
……それにしても、曲に添ったイメージではない。
彼女のヴァイオリンから溢れる弦の振動は可憐なイメージではなかった。明らかに作曲者ではなく自分の意思を貫いている激しさを伴っている。
……本当は弾きたくないんじゃないのか? 美月。
違和感を覚えながら美月の演奏を見守ると十八分の長い演奏を終え、彼女は颯爽と退場していった。
その姿にはもう笑みはなかった。
◆◆◆
コンサートが終わり、水樹は風花と共に楽屋の前で火蓮と美月を待っていた。
楽屋から火蓮が出てくる前に川口先生が出てきた。いつにもまして機嫌がよさそうだ。
「川口先生、ご無沙汰してます。ちょっと話がしたいんですが、時間ありませんか?」
「ああ、構わんよ。どうした?」
「すいません、ここでは何ですから、あっちで。風花、すまない。10分だけ席を外してくる」
「うん、その代わり早く戻ってきてよ」
「……わかってる」
妙な胸騒ぎを感じつつ、水樹は川口と近くの踊り場に向かった。
「何や? 話っちゅーのは」
「先生はオレが勤めている劇団と繋がりが深いですよね?」
「おお、そうや。だからお前を紹介したんやないか。それがどうかしたか」
大声を上げて問いただしたかったが、平静を装う。
「……いいえ。あの時は推薦して頂き、ありがとうございました。もう一度きちんとお礼を述べておきたかったんです」
「何やそんなことかい。律儀な奴やな、お前は」
川口は缶コーヒーを上手そうに啜りながらいう。
「しかしいきなりやったもんな。あん時は本当にびっくりしたわ。指揮科の先生も驚いとったで。お前のために留学を全部準備しとったもんな。奨学金の手続きだって上手いこといって、後はフランスに向かうだけやったやんか」
「……ええ、そうでしたね」
「やっぱりあれか、親父と同じ道を辿ることは嫌やったんか。それとも神山に愛想つかされたんか?」
「違いますよ。水樹にコンクールを任せて、オレは地に足をつける仕事をしたかったんです。だからこれでよかったと思っています」
「そうか。悩むっちゅーことが学生の特権やからな。色々と考えることが仕事みたいなもんやもんな。今の選択でよかったと思うなら、それでええ。たまには顔出しに来いよ」
「はい、ありがとうございます。もう一つだけ聞いてもいいですか?」
彼に一番訊きたい質問を投げかける。
「オレから先生にお願いしたんですよね? 劇団の指揮の仕事をしたいと」
「ああ、そうや。それがどうかしたか?」
「いえ、何でもありません」
そのまま頭を下げて戻ろうとすると、川口先生が後ろから声を掛けた。
「水樹やって頑張ったんや。それは認めてやらんといかんよな。何せコンクールの評価がない中で予備予選を通過したんやし」
「どういうことですか、それは……」
「なんや。聞いてなかったんか。ショパンコンクールにはコンクール歴を送らないかんやろ? 水樹を評価できる賞はなかったんや」
「中学の時のコンクールは一位じゃないんですか?」
「違うで。全日本中学ピアノコンクールは二位や。やからこそ、あいつは本番でうまいことやったんや」
「え、それじゃ一位は一体……」
縋るように見つめると、川口先生は頭を掻きながらいった。
「確か、
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