第四章 藍の鼓動と茜の静寂 PART7
6.
再び目を開けると、水色のシーツの上にいた。入れ替わってないことを確認してほっと吐息をつく。
……いやに心地がいい。今は何時だろう。
火蓮の部屋を眺めてみると、すでに出発していた。テーブルの上にはまたしても朝食が載っており、感謝の意を表しながら平らげる。
……さあ、練習を始めよう。
鍵盤を叩いているうちに奇妙な感覚が襲う。指がもっとスピードを上げろというのだ。感覚的には今のテンポがベストだと感じているというのに。
これ以上スピードを上げると、曲が纏まらずただ鍵盤を走らせるだけになってしまう。平静を保ちながら頭の中でリズムを刻む。いつもならそれで納まるはずなのだが、却ってリズムが狂い始めていく。
……感覚が狂ってきている。
いわれのない恐怖を抱く。何かが自分の感覚を狂わせていく。久しぶりにメトロノームを用いて感覚を制御しようと試みるが、それでおさまる様子はない。
……指揮を振るったせいだろうか。そうだ、昔のビデオを見よう。
コンクールに出場したビデオを一瞥すると、気持ちが落ち着いていく。中学生の自分がショパンの『雨だれのプレリュード』を演奏しているものだった。全体に渡って静かなメロディを奏でるこの曲は静謐な時間をもたらしてくれる。
……ん? これは。
リビングに戻り再びビデオを見て違和感を覚える。自分の記録のビデオテープが全て同じ種類なのだ。
……そんなことがあるわけがない。
幼児期から中学に掛けてのビデオテープが全て同じなんてありえるはずがない。
張られてあるテープにしても動揺に汚れが均一で時代の流れを感じることができない。この字は本当に母親が書いた字なのだろうか。
……考えるのはよそう、ともかく鍵盤を叩き続けるしかない。
薬を飲んだ後、指の痛みに気づくまで貪るように練習に打ち込んだ。
◇◇◇◇◇◇
練習を終えると、ふいに煙草が吸いたくなった。火蓮の部屋に行き1本だけくすねて火を点ける。
……やはり苦い。
ごほごほと咳き込みながら煙草を離し灰皿に置く。それでも気持ちが落ち着いていく、体が煙を受け入れていくのがわかるのだ。
冷蔵庫から昨日の残りのワインを取り出し、一口だけ飲む。舌の上で転がすだけでも気持ちが落ち着いていく。
ワインボトルを眺めていると、いつの間にか意識が飛んでいた。
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