第四章 藍の鼓動と茜の静寂 PART3
3.
「お、いらっしゃい。水樹君に火蓮君」
風花の家にたどり着くと、風花の父親・
「すいません、今日は娘さんをお借りします」
「うん、こちらこそよろしく頼むね」
そういって遥は水樹に人懐っこい笑顔を見せた。
店の中はほとんど遥一人だが、固定客はきちんと掴んでいるようで、常に忙しそうに動き回っている。
「遥さん、お久しぶりです」
「火蓮君、本当に久しぶりだね。今日は三人でデートかな?」
「いえ、僕は水樹を送りに来ただけです」
「そう。折角だからお茶でも飲んでいかない?」
「すいません。ちょっと用事ができてしまったので、もう行かないといけないんです」
火蓮が足早に帰ろうとする所を手で止めると、彼は笑いながら手を払った。
「劇場で毎日会ってるんだ。今日くらい仕事のことは忘れさせてくれよ」
それもそうかと納得し、彼を見送ることにする。
「はい、どうぞ」
遥から暖かい緑茶を受け取り、水樹は冷ましながら一口啜った。両手を暖めながら風花が降りてくるのを待つ。
「
「ああ、元気にしているようだよ。もう少ししたら帰ってくるようだけど、忙しいみたいだね」
作業台の上には天谷家が映っている写真があった。風花の母親・
「遥さん、この看板は楓さんが書いたんですよね、どういう意味があるんです?」
店の名である『鏡花水月』という文字を見る。楓の父親は書道家だったらしく、その影響で楓も達筆な字が書けると聞いていた。
「……幻を見ているっていう意味さ。鏡に映る花や水に映る月というのは目で見ることはできるけど、掴むことはできないだろう?」
幻という言葉が昨日見た夢と重ね合わせてしまう。
クリスマスに見た、あの少女は風花だったのだろうか? それとも――。
「花は数日もすれば枯れてしまう。要は思い出に残るかどうかなんだ。花を貰ったその記憶が一番大事だと思ってるよ」
過去の記憶。今の自分には最も関心のある話題だ。事故前の記憶は今でも戻っておらず、今のように火蓮と転移を続けるのであれば探らなければならないだろう。
「まあ、花を贈ることで一番有効な方法は喧嘩した時だけどね。水樹君も風花と喧嘩した時に試して欲しいけど、うちの子は花より食い気かな」
「確かに、そうかもしれませんね」
遥と雑談を交わしていると、風花が階段から降りてきた。薄い萌黄色のワンピースに深緑色のトレンチコートを着ている。化粧も念入りにしているようだ。アイラインをきちんと入れており、唇のリップの艶もいい。
いつもより気合が入っている。
「ごめんね、遅くなっちゃった。行き先は決まりましたか、水樹さん?」
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