第一章 青の静寂と赤の鼓動 PART5

  5.


 店の前で美月と別れた後、三人でタクシーに乗った。ぐでんぐでんに酔っ払っている火蓮をタクシーの中に押し込むと、彼は独り言をつぶやきながら寝息を立て始めた。


「兄さん、また潰れちゃって。本当に困ったもんだ」


「火蓮も楽しかったんでしょ。あたしもあんなにたくさん笑ったのは久しぶり」


「そうかもしれないね。四人で会うなんて本当に何年ぶりだろう」


 ――僕らは皆、同じ音大生だった。


 音楽家として生き残り続け、四人でコンチェルトをする。それこそが一番の夢だった。


 その四人が夢の舞台でショパンの歴史に名を刻むことができる。そう思うだけで言葉にならないほど感情が溢れてくる――。



「……ちょっと。あたしの話、ちゃんと聞いてる?」


 反射的に風花を覗くと、目が再び鋭くなっていた。


「ごめん、何の話だっけ?」


「何度もいってるじゃん。そろそろ二人っきりでデートして欲しいんですけど。当分お仕事ないんでしょ? あたし、明後日休みだからちゃんと考えておいてね」


 明日の予定はすでにある。美月の父親・神山先生に会う予定なのだ。


「ごめん、明後日は午前中から病院に行かないといけないんだ。久しぶりだし長くなるかもしれない」


「じゃあ午後からでもいいわ」


 彼女の瞳は揺るがない。返す言葉がなく水樹は頷いた。


「……わかったよ。どこがいい?」


「……またそうやってあたしに決めさせようとする。水樹が行きたい所でいいから、ね?」


 図書館でもいい? と訊いたら、きっと横で寝ている火蓮共々蹴りを喰らうことになるだろう。


 ここは機嫌を損ねないように、肯定しておかなければ。


「わかりました、考えておきます」


「そう、それでよろしい」


 そういうと、風花はタクシーの中で得意げに鼻歌を歌いだした。



 ◇◇◇



 風花を先に送った後、自宅に到着した水樹は火蓮の左腕を肩にかけて玄関を登った。


 ……そうだ、薬。


 ポーランドでも服用していた薬を二つ取り出す。


「兄さん、これを飲まないと」


「むにゃ、もうこれ以上は飲めません」


「もう、何いってるの」


 水樹は無理やり火蓮の唇を左手でこじ開けて薬を放り込んだ。


「早く飲んで。明後日は定期健診でしょ。ちゃんと飲んでないと、先生に怒られるよ」


 火蓮に薬を飲ませた後、自分の口にも含み水で押し込んだ。ポーランドとは違い、軟水が体に勢いよく沁み込んでいく。


 飲み込んだ途端、急に眠気が襲ってきた。そのまま彼は火蓮に覆いかぶさるようにして瞼を閉じた。

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