第12話 《騎士団》との戦闘
村から外に出るために作られた門。
門と入っても、村の中と同様に、燃やし尽くされているので、それは門としての機能はないだろうが。
その出入口をふさいでいた三人の男達は、サレンの後ろを追ってきたハコを見つけ、面倒くさそうに、自分の年の半分も言っていないであろう少女に言う。
「ハコ様……勝手な行動は慎んで下さい」
中心にいる一人――身に着けている鎧も武器も違う男が警告する。
「うっ」
三人の姿を見るや否や、ハコは、さっと、クウカの後ろに隠れた。やれやれと、そんな姿にやはり、呆れているが、しかし、口調はあくまでも丁寧である。
「その方々は――村人の生き残りですか?」
だとしたら、余計な仕事が増えてしまうと男は言う。
殺意。
ハコには感じ得なかったんだろうが、彼女の盾となっているクウカは気を引き締めた。
「だったらどうするの?」
「取り残しがあれば、我々が殺されてしまうので――始末を」
顎を撫でながら男は言う。
始末が殺すという殺意を隠そうともしない男に、
「そうか」
と、サレンはその殺意にも反応しない。
そんなサレンを殺意に気付いていない「弱者」なのか、それとも気付いていて表情を変えないのか……。
サレンの顔を覗き込んだ。
あの獣人ノ女は中々やるようだが――こいつはどうなのだろう。
「ふむ? あなた……どこかで私と会ったことないですか?」
「……知るか」
《カオズの騎士団》として、サレンが殺された場に居合わせたのか。
サレンが殺されたとき、確かに《騎士》達は多数居合わせていた。まるで、どこかを滅ぼしに行く途中なのかと、自分が殺されるとは思わなかったサレンは、感じていたが、生き返ることでつながった。
この村を滅ぼそうとしていた《騎士団》に、サレンは挑んだのだ。
その集団に、ハコを待ち構えていたこの男もいたのだろう。しかし、どこで見たのかは覚えていないようで、
「そうですか……まあ、いいでしょう」
と、それ以上は言及してこなかった。
「はにゃははは、忘れられてるよ!」
殺されてるのに!
と、サレンを指差し、口を隠して笑うクウカ。
「黙れ……」
別に殺した相手を覚えていようと覚えて居まいと、それは殺した人間――勝者の勝手だ。別にどうでもいい。
次に俺が勝者になるのならばだ。
「ハコ様……帰りますよ」
手を差し出し共に今暮らしている場所へと戻ろうとする。
「っていうか、私には危害を加えない約束でしょ! なら、どこに来たっていいじゃない」
それがお姉ちゃんが実を差し出して取り付けた約束。
妹の自由を。
それなのに、見張りを付けられ、自身の村にまで付いてこられたのでは、どこが自由なのだと、ハコは言う。
「そうですね。ただ、こちらとしても事情がありまして……」
「事情?」
「はい。あなたは子供ながらに美しい。成長すれば、姉の様な美人に成長する事でしょう」
「美人だって、良かったね」
こんな状況で、容姿を褒められても素直に喜べないが、クウカは、「女の子はそういう言葉に弱いんだよねー」と、騎士団の男にではなく、サレンに向かって言うのだが、背を向けているので、本人は誰に行ったのか分からないようだ。
「美人だからどうした? それが約束を破る理由なのか?」
「ええそうです。その子には《騎士団》の子孫を残してもらわなければなりませんからねぇ」
「……それが狙いか」
「はい、最近は強いだけよりも、美しく強い人間が慕われやすいので」
嫌な世の中ですよ。
男は悲惨な顔をするが、しかし、だからと言ってこんな少女に目を付けるのか。
「その為にはねぇ、死んでもらっては困るのですよ……ですから、言うことを聞いてください」
「そんな勝手な理由で――お姉ちゃんは!?」
監視を行い、成長するにつれて、《騎士団》の子を産むように洗脳をし続ける。時間はかかるかもしれないが、ハコが成長するまでには十分だと、《騎士団》は思っているようだ。
「ううう……」
ギュッと、クウカの足に抱き着き震える。怯える少女を舐めいるように男は見る。今すぐにでも犯したいくらいに。そんな野蛮なる視線に、
「そうか」
ランスを抜いて構えるサレン。
「何の真似ですか?」
突如として戦う意思を示すサレンに、理解しがたい表情を浮かべる。《カオズの騎士団》である自分たちに、武器を向けるとはどういう意味か。
王国内に住んでいれば、こんな辺鄙な村人でも分かっているはずだ。
「ハコの問題はお前たちの問題で――俺の問題は、俺が殺されるかどうかの話だっただろう?」
ハコが《騎士団》にどうされるかは、今は関係ない。もしも、サレンとクウカを殺そうとするのならば、それに反抗するだけであり、ハコだけを連れていくのならば止めはしない。
「ほう……」
「最も、《騎士団》は滅ぼすがな」
そして仮に、サレンとクウカを見逃そうとしたところで、サレンはサレンで《騎士団》を滅ぼすと言う明確な意思がある。
だから、どうするかは《騎士団》次第で――彼らの意思は、
「そっちの獣人の娘は色々と使えそうだ。獣人の女はレアですからねぇ」
《騎士団》の繁栄のために、クウカも連れていく。
「男は要らないので、ここで死んでもらうとしますか……。ひょっとして、武器を構えるなんてハッタリ
で、見逃して貰えるなんて思っていないでしょうねぇ」
「だそうだ。お前は、ハコと一緒に見てろ」
ここからは俺の戦いだ。
サレンのその言葉に、数歩後ろに下がるクウカ。
「でも、サレン殺されてるんでしょー?」
指示に従いながらも身を案じる。サレンがこの三人に負けるとは思えないが、《騎士団》には負けた。その事実を不安に感じているが、
「ああ。だが、それはこいつらにではない」
サレンを殺した相手はこの中にはいない。
(俺が殺されたのは、たった一人の《騎士団(やつ)》に)
確かに集団で行動していたが、それでも、普通の騎士には負けるつもりはない。それは、一度死んだ今も変わらない。
次は奴にも――俺は負けない。
「ふーん。ま、兎に角次は殺されないでよね!」
それだけ言い、後は黙って見届けることにしたようだ。
「相手はたったの三人。俺の相手ではない」
見た所、強そうなのはこいつだけだ。
「言われてますよ?」
サレンの挑発に我慢できなくなったのか、今まで、黙ってみていた男の部下二人は、剣を抜いて命令されるのを待つ。
リーダーである男の命令を。
殺せと言う命令を……。
「行け!」
と、男が部下へと指示を出した。サレンを殺し、クウカとハコを捕らえろと。二人並んで前に歩いていく騎士。
「頑張ってください」
男は自分は一歩後ろに下がり戦闘を見守る。
一人の騎士――サレンから見て左側に居た男が、勢いよく走り込み、剣を大きく振り上げる。力強い動作ではあるが――人を一人殺すにしては動作が大きすぎる。
「ふんっ」
気合と共に剣を振り下ろす騎士。だが、サレンは右足を半歩後ろに下げ、体を僅かに斜めにすることで、剣の軌道分、空間を作り出した。
「なっ」
右足を下げる。
それだけの動作ではあるが――人が体を動かす時には、必ず多少なりとも力は起こる。交わした半歩を利用し、サレンは左手に持ったランスで、攻撃した後の無法備な騎士を貫いた。
鎧の隙間を縫うように、手と肩の隙間を狙った突きだ。いくら頑丈であろうとも、どこかしらに脆いつなぎ目はある。
サレンのランスは、普通よりも二回りほど小ぶりの大きさ。サレンがそれはこういった、鎧を着た相手の隙間を狙いやすいようであり――また、
「はっ」
後ろから狙っていたもう一人の騎士。
大ぶりのランスならば、反応は出来ても、対応に時間がかかるだろうが。
だが――小ぶりならば、可能になる。必要な威力を保ったまま、振り回せる。
貫いたランスを引き抜き、横に一閃する。
鎧の上から男を吹き飛ばす。
普通よりは小さいと言えども、威力としては申し分ない。
「やりますねぇ」
手を叩き、瞬く間に自身の部下を倒したサレンを褒めたたえる。部下がやられたと言うのに、どことなく余裕を匂わせていた。
「この程度でやられる《騎士団》でいいのか?」
次はお前だと――サレンは男に向き直る。
「彼らはまだまだ修行中ですからねぇ……倒されて当然」
そんなことは戦った本人であるサレンが一番分かっている。
彼らは未熟であり弱かった。
「そんな奴らを真っ先に仕掛けるとは――気に入らんな」
お前が一番強いのならば、お前が掛かってこい。
俺の強さを知り、それでも挑んでくるのならば、それならいい。
「それは、あなたが挑発するからでは?」
「弱い奴は下がっていろと言ったつもりだったんだがな」
「勉強するためにですよ。ま、死んだら意味ないんですけどねぇ!」
「それはそうかもな……だが!」
「何を怒ってるのですか? 殺したのはあなたでしょう?」
サレンが怒るのは筋が違うと男は言う。
「そんなに、私が気に入らなければ、彼らを殺せなければ良かったでしょう」
その余裕はあった筈ですが?
とリーダーである男は見据える。
「ああ。俺はこいつ等より強かった。それだけだ」
この世界は弱肉強食。サレンはそれに従っただけだ。
「なら……なんで怒っているのです?」
「貴様――こうなるのを分かっていたのだろう?」
部下を使いサレンの実力を観察したのだ。
「弱い部下を使って上げるだけいいでしょう? 弱きものをどうしようと強者の勝手ではないですか?」
それが弱肉強食の世界だと、男は言うが、
「違うな……」
サレンは否定する。
自身の思う真なる強さに……。
「なに?」
「強い奴が何をしてもいい訳ではない。強いからこそ、どうあるべきか考えなければいけない……。強さに食われた人間は、そいつは弱者でしかない!」
話は終わりだとサレンは腰を低く、ランスを構える。
「ハコ様を迎えに来ただけなのに、なんで馬鹿な男に……」
剣を抜く男。
その刃は赤く輝く刀身を持つ、美しき刃。
「《魔工師製》の武器か……」
《魔法使い》は、《魔法》を使い様々な道具を作り上げている。調理をする為の《調理用魔法具》は、火を具現化させる《魔法》が閉じ込めた道具であり、使用者の《魔力》に反応して炎を起こすのだ。
その原理を精度高く、作り上げたのが男の持つ剣だ。
《魔法》が込められた刀は、纏った炎が刀身に揺らめく。
「ええ。いいでしょう? 炎の剣も」
《魔法使い》が貴重なのは自身が具現化させるだけでなく、《魔法》を人の《魔力》でも発言させることが可能になったからだ。
武器の威力も強化される。
故に《魔工師》の作る武器は、普通に比べれば高価であり、一流の《魔工師》であればあるほど、威力も高くなる。
「確かにな。だが、《魔力》の消耗も多くなるぞ?」
しかし、戦闘中に《魔力》を使うということは、二倍近く体に負担をかける。よほどの戦闘技術が無ければ、枷になりかねない代物である。
「ええ、ですが、あなたを倒すのにそんな時間はかからない……でしょう?」
「まあ、時間はかからないだろう」
時間はかからないことに同意はするが、しかし、負けるのはお前だと、不敵に笑う。
「《魔工師製》の武器では――こんな使い方もあるんですよっ!」
纏っていた炎を圧縮し、剣の先端に炎の弾丸が形成される。
「はっ」
男の振るった斬撃に合わせて放たれる弾丸。
「……その程度、対したことはない」
迫りくる火を、一つ二つと交わすサレン。遠距離での攻撃は確かに厄介だが、躱せない程ではない。
だが、それは、火の弾丸を作っていた男も承知していた。
「でしょうね……。ですが、それは囮ですよ?」
火の弾を目くらましにして、いつの間に迫ってきていたのか。赤く輝く刀身をサレンめがけて振り下ろす。
「ちっ」
ランスでその刀を受ける。刀身から発せられる熱は、使用者である男には感じないのか。サレンが暑さに眉をしかめる。
「あれー、苦戦してるんじゃないサレン? やっぱ手を貸そうか?」
《魔工師製》の武器を扱い慣れている男は、部下とは比べるまでもなく強いようだ。押され気味のサレンに、見かねたクウカは声を上げるか、
「居るか!」
と、サレンは助けを断る。
「あっそう。ま、病み上がりって事にしといてあげるかな」
苦戦しているのは生き返ったばかりで全力を出せないでいるという事にクウカはしたようである。だけど、クウカに隠されるように二人の戦いをみていたハコは、サレンの身を心配する。
「いいんですか? あの人、《カオズの騎士団》の中でも、トップクラスの男ですよ?」
しかし、村の人間であるハコは、男の強さをこの目で見ていた。
村を焼き払ったこの男の残忍さを。
「ああ、大丈夫。あいつ、結構強いから」
《魔工師製》の武器も、何も持ってないけど、それでも、今までに何回も戦っているのを見てきたクウカ。
不調だろうと、男にサレンが負けるとは思えない。各上の相手だろうと食らい付いてきたサレンを、クウカはよく知っているのだから。
「あいつはね。挑むことに長けてるのさ」
「挑むことに……長けてる?」
だからこそ、死んでしまったのだけどね。
そう付け加えることで、長けているのかどうか分からなくなるが、しかし、それでもクウカはサレンの強さを信じていた。
「その意味は一体?」
ハコは挑むことに長けているというクウカの言葉に、興味を惹かれた用だ。
「ま、見てれば分かるよ」
二人がそんな話をしているとき、サレンが受け止めた刃を弾き、男の胸に蹴りを入れる。
「なにっ?」
蹴られた衝撃で後ろへ飛ばされた男は、自身の攻撃をすべて止めたサレンに驚いていた。《魔工師製》の武器も持たないサレンは、己の肉体を最大限に駆使して対抗していた。
「炎の剣か。確かにこの精度で使えるのは、強いみたいだが――炎を出そうが、俺の相手ではない!」
サレンはランスを構え、距離を縮めようとする。
「それはどうかな?」
男は剣を下から上に向かって切り上げた。その場には斬るべき対象であるサレンはまだいない。それどころか、かなり見当違いな場所で刃を振るった。
「ふん!」
「なっ」
男が切り上げた場所に、業火に燃える火の壁が現れた。斬撃から発せられる炎をその場で肥大させ、留める斬撃。
相当な《魔力》と、《魔力》のコントロールが必要な技だ。
「お前はこれで近づけない!」
「これくらいで俺が止まるか!」
「はっ?」
炎の壁をランスで突き破る。だが、それでもサレン自身も相当なダメージを受けているだろう。体に燃え移った炎がその証拠だ。
「自分から突っ込んでくるとは思わなかったか?」
男の首を掴むサレン。
その力は強く、男は地面から足を浮かせている。首を掴まれた衝撃と《魔力》の消耗に思わず自慢であった《魔工師製》の剣を取りこぼす。
そんな絶望的な状況でも、
「当たり前だ」
と、虚勢で返す男は、《騎士団》として、誇りは高い。
「貴様……命が惜しくないのか?」
消えゆく火の壁。ただの火ではなく《魔力》の込められた炎だ。その中に入れば消し炭になることくらいは、サレンだって分かっている。
「これが戦うってことだろう?」
無傷で戦いを勝とうなど思っていない。『無傷で勝つ』のはあくまで結果であり、それ自身は目的ではない。
サレンの目的は勝つことだ。
目的と結果がすり替わってしまう。それほど愚かな事はない。
目的は目的で、結果は結果。僅かでもその境界を甘く、緩く混濁してしまえば、人は容易くも目的を見失い、望む結果を手放していく。
「それが貴様の敗北の理由だ」
挑む覚悟とはそういう事だと――サレンは自覚している。
自ら傷つくことを避けていては、自らを守る行為が――サレンと男の差であった。
「俺は貴様を倒すことが出来ればそれでいい!」
その為の傷ならば喜んで追って見せる!
「なに……」
サレンは男に向かいランスを突き刺した。
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