第8話 世界(ウーム)
この世界は《ウーム》――。そう、この星に住む住人たちに名付けられた。海に覆われた七つの大陸によって形成される星。
朧が住んでいた地球と環境こそは似ているが、だが、その中身は全くと言っていいほどに違っている。
獣はこちらの世界の方が種類は多く、人間にしても多様な種族が暮らしていた。
七つの大陸。
だが、サレンもクウカも今――自分たちが居るこの一つ大陸しか知らない。
サレンたちが暮らす大陸、
《ノホン大陸》。
七つある大陸のうちでも一番小さい大陸。
だが、小さくても人が住んでいる事には変わりがない。人が居れば、領地、人口、資源を求めて、国同士での争いが絶えなくなるのは仕方がない。そんな争いこそ、神様の言っていた二つの世界の共通点。
自分たちが住む星すらも、全て把握できていないにも関わらずに、朧たちの住む地球を理解できるわけがない。
理解出来ないからこそ争いが起こる。
そんな戦いのスパイラルへと――、《ウーム》は巻き込まれているのだが、その渦が止まることはなかった。
◇
「《カオズの騎士団》か……」
一通り、クウカがサレンの死を肴に笑っていたが、ようやく落ち着いたのを見計らい、サレンはそう切り出した。
《カオズの騎士団》
この地域を支配している王国――《カオズ王国》に使える騎士団の名前だ。
カオズ王国事態が、《ノホン大陸》に置いては、かなりの上位に食い込む力を持った王国であり、それに使える騎士団は、イコールで強いという事である。
故に小さな村を消すことは容易いし――サレン一人を殺すことも出来たのだ。
憎しげに自信を殺した《カオズの騎士団》の名をつぶやく。
「酷いよねー。容赦なし」
二人は石造りの家から外へと出て、滅ぼされた村の現状を見ていた。
村人たちが真心こめて作ったであろう作物は無残にも、引き抜かれ、引き裂かれ――無傷な作物は一つもない。
かろうじで地面には埋まっているのもあったが、燃やされたような焦げた葉が、地面からほんの少し顔を出しているだけ。恐らく、この辺りに火を放ったのだろうか。
「……なぜこんなことを?」
「そりゃ、彼ら、この大陸を本気で支配しようと企んでるらしいからねぇ」
理由を聞いてみた所で、《カオズ王国》の意思は読めない。
ここ数年で侵略するペースは早くなる一方だ。
「ふざけてるな」
大陸の支配など、現実的に考えても出来るわけがないのだが、サレンは、「支配するのは俺なのにな」と、違う理由で出来ないと否定した。
俺が支配するのだ。
支配者は一人だろう。その一人になることがサレンの目標だった。
「はにゃはははー」
サレンの言葉に満面の笑みを浮かべる。
「そ、それは、私も思うけどさ、でも、この国の王は本気だよ」
これがその証拠と言ってもいいかもね。
秘密基地とクウカが言ったのはあながち間違いではない。誰も、こんな見るからに滅んだ村に人が住んでいるとは思えない。
……滅んだ村を使った大がかりな秘密基地だ。
「ここの村人は全員、殺されたのか?」
こうして外に出ても人の気配が全くない。人が居た気配すらも消されてしまっているこの村の人間は、やはり殺されてしまったのだろう。
「……俺の様にな」
と、呟いたのはクウカである。
「クウカ。今、お前絶対失礼な事してるよな?」
「まさか、私はなにもしてないよ?」
きょとんとした顔でとぼけるクウカ。
とぼけても全部聞こえていたのだが……。
「……なら、いいが」
こいつに何を言っても無駄か。無駄な体力は使わない方が得策だと、追及はしない。
「でもさ、サレンって、《カオズの騎士団》に挑んでたくせに、状況を何も知らない訳?」
現在、《カオズの騎士団》は、勢力を強めるために、どこにも属していない村を近場から見境なしに襲っていると――クウカは言う。
「年齢に問わず、男は兵士として、若い女たちは子供を作る道具として連れてかれるのさ」
クウカは、怖いねぇと、身震いをして見せる。
「男は使い捨ての駒。女は子供を孕ませるために」
村の男たちを使い、現状の戦いを耐え忍び、優れた騎士たちの子を多数に作り、教育を行う事で、自軍を強化しようとする、王の計画。
「まて、その男女に子供は当然入ってるかも知れないが――老人はどうなる?」
使い捨ての兵士にもならず、子を産む体力もない老人たちはどんな扱いを受けるのだろうか。殺されたのならば、ここに死体が転がっていてもいいはずだが、それもない。
「それはねー、食料になってるみたいだよ?」
「は?」
食料だと?
サレンは自分の耳を疑った。
「流石にその発想は私にはなかったなー」
力を手にする人は考え方も違うんだねー。とクウカは気楽に構えているが、それを聞いたサレンは眉をしかめる。
「気に入らんな」
そんな卑劣な事をしなくとも、滅ぼすのなら滅ぼせばいい。
とことん、《カオズ王国》とは、サレンのそりが合わないようだ。
「だから、挑んだんの?」
「……俺は《カオズ王国》だから、挑んでいたわけではない。力を振るうならばそれ相応の覚悟が必要だ。奴らにはそれがなかった」
「へぇー」
「その癖に、人を迫害しようなど――愚かしいにもほどがある!」
「優しいんだね」
「なにがだ?」
「要するに、人が襲われたから怒ってるんでしょ?」
クウカは騎士団が下らない理由で村が襲われた事に、サレンは怒っているのだと感じているのか。しかし、実際は――。
「村人……そんな奴らがどうなろうとも、俺には関係のない事」
「へ?」
「滅ぼうが生き残ろうが、俺はどうでもいい」
生きていようが死んでいようが、俺に取っては同じことだとサレンは言う。
「ちょっと、さっき、人が迫害されたからって言ってたじゃん」
人が迫害されたからと言って、何か特別な感情を持つサレンではない。覚悟のない人間が力を振るった事が気に入らないだけ。
それが大前提で、その後ろに続く結果など、興味の欠片もない。
「それは守り切れない奴らが悪い」
俺がそうだったようにだ。
荒れた景色に自分を重ねているのか、無残な村を睨んでいた。
「ならば、奴らを上回る力で滅ぼすだけの事だ」
「もう……意味わからないよ! まぁ……そこが良いんだけどね」
親指を突き上げるクウカ。
「どうだか……」
と、答えながら――サレンは思う。
神様に連れてこられた異世界の男の事を。
(そういえば、俺は俺の体に戻れはしているが、朧と言っていたな。あいつはどうなった?)
同じ渦を通ってきたが、気配すらも感じられない。
ひょっとすると、俺の体に入れずに消滅してしまったのかも知れないか……。まあ、あの情けない神様と中良さそうに話したから、別の案でも貰っているだろう。
俺は自分の体で生き返れた。
それだけでいい――俺は人の心配をしている場合ではない。
「ともかく、私が君と行動を共にしているのは、サレンが表立って暴れている間に、高価なものを盗むためだからね!」
「そうか」
「別に一緒に居たいから居るわけじゃないもん! だから、どうぞ、好きに暴れて下さい!」
「ふん、貴様に言われずともな……。だが、その割には俺の死体を秘密基地に運んでくれたみたいだな」
死んだ状態で放置されていたら――生き返る身体がなかったかもしれない。
そうなった場合はどうなったのか。
「そういえば、俺はどれくらい死んでいた?」
「ええと、二、三日かな?」
(あの空間に、長居したつもりはなかったがな)
どういう理屈か、あの金髪の神様に聞いてみたいが――もう会う事はないだろう。
自ら進んで会いたいともサレンは思えないが。
「だから、それは、あとあと、利用するつもりだったからで、別に、お前と別れるのが名残惜しかったからじゃない」
死んでから数日、本当はサレンの横で涙を流していたクウカではあるが、そんなことが本人にばれたら、どんな対応を取られるか。
(最悪……殺される!)
故に、クウカは嘘を貫く。
「だろうな。お前はそういう女だ」
その甲斐もあり、サレンは信じた用ではあるが、
「あっ、いや」
と、何か言いかけるクウカ。
一瞬、本音を口にしようとするが――、きっ、と一の字に口を結ぶ。
「さて……、どうするかな」
「なにが?」
「本来ならば今すぐにでも、《カオズの騎士団》に、勝負を仕掛けたいところではあるが、無策に挑んで再び死んだら、意味がない」
今度こそ生き返れなくなってしまうだろう。
挑み続けない人間も愚かだが、ただ繰り返すだけの人間も愚かだ。
そこに差はない。
「次こそは奴らに勝つ……!」
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