第6話 転生 2

「いったい、どこまで行けば俺の体にたどり着ける?」


 サレンはどこまでも続く黒き道を走っていた。神様が言っていた一本道をひたすら走り続ける。

 自分の体がこんなに遠く感じるとは。

 だが、どんなに遠かろうともサレンは諦めるつもりは微塵もない。

 その為に神にすらも逆らったのだから。


「ふむ、あいつも自分の体を目指しているのか?」


 俺の行動を見て、あいつも真似をしてくれたならば、あいつも自分の体を取り戻すため、俺の渦へと足を踏み入れているだろう。

 サレンは決めつけていた。

 自身に用意された渦と違う渦に入ることが出来たのだから、誰だってそうする。

 その結果を見せるために、危険を冒したのだから――まさか、すんなりと、何もなく侵入できるとは思わなかったが。

 サレンが朧のことを考えていると、


「うわぇああっああ!」


 背後から、奇妙な大声を上げて、見えない力に背中を捕まれたようにして、飛んできた『何か』が、サレンに激突する。


「なんだ!?」


「ああ、サレンさん」


 『何か』がサレンの体を掴み、何とか見えない力から逃れようとするが、その力はすさまじく、サレンの身体すらも一緒に宙へと浮かばせる。


「貴様……なぜ、この道を進んでいる?」


 朧に抱き着かれているサレンは、すぐ正面にある朧の顔に向かって質問をする。


「なんか、時間切れみたいで」


 吸い込まれちゃいました。

 と、抱き着く力を込めた。


「それは分かった。だが、俺の体を離せ!」


「いや、無理ですって。だって怖いもん」


 この速さで背中から移動するのは、本当に怖いと、朧。震える手足がその恐怖を語っているようだ。

 しかし、と、サレンは思いとどまる。

 地に足を付けて走るサレンに追いついたという事は、ここで体を離された場合、朧に先を行かれることになる。

 体に先に入られた場合、サレンの魂はどうなってしまうのだろう。

 この闇の中取り残されたら――。


「神様のくせに緩い事するせいで、話がややこしくなってますよねー」


 と、呑気に金髪少女の悪口を言い始める朧。


「知るか! とにかく、俺の体には俺が入る。貴様はここで待ってろ!」


「無理ですって。何か凄い力で引っ張られますもん。それに、ここで残ってたら、もしかしたら、僕死んでしまうかしれないじゃないですか!」


「安心しろ、もう死んでいる!」


「分かってますけども……」


「それに、お前が俺になったところで、生きて行けるとは思えない!」


「だとしても、そんなに死にたくなかったら、僕として生きていけばいいじゃないですか! そりゃ彼女とかいないですけど、サレンさんの性格ならきっと、上手くやってけますよ」


 僕と違ってサレンさんは足を止めれるじゃないですかと、掴んでいた手を離した。


「ほら、望み通り、離した!」


 頑として自分しか考えていないサレンに嫌気が指した朧は、抱き着いていたサレンから手を離した。自力で走るサレンよりも、渦の先に吸い込まれるように浮遊している朧の方が進む速度が速いようだ。


「……っ。そうはいくか」


「なっ」


 今度はサレンが体を掴む。

 みっともない二人の争い。だが、命が掛かっているのだから、みっともなくても生きて居たいと二人は思う――

 一人は自身の力の足りなさから死んだ悔しさから

 一人は自身で命を絶った時の恐怖から。

 ――死を遠ざけようとしていた。

 互いに自身の醜さを知り、無力さをしり――生を欲している。

 今までの自分を。

 新たなる自分を。


「俺は生きて見せる!」


「だから、それ僕としてお願いします。ほら、引き返してください!」


「くっ、このままでは」


 出口が見える。


「うおお」


 二人は抱きしめあったまま、闇の道を抜けたのだった。





 僕は理解できなかった。

 人の弱さが。

 常識からはみ出した愚鈍さが。

 だから、似合いもしない服装に身を包んだ人間が、偉そうに、人を悪くいう事が許せないし、文句を言いたければ、常識人の範囲に収まった人間が言うべきだ。

少なくとも、自らマイナスへと足を踏み出している人間にはそんな資格はない。

そのマイナスが個性のつもりならば、そんな個性は不必要だと、心の中で常に反論して、否定していた。

 だが、否定する行為そのものこそが、思い上がりであり、そんな個性をはき違えた人間たちよりも、無能な勘違いだと、僕は気付かないでいた。

 常識は――自分の物差しでしかないのだと。


「その通りだ。はき違えていようとも、強ければまかり通るのが生きるという事だ」


 自身の常識で図りたいのならば強くなければいけないと、サレンさんならそう言ってくれただろうか。 だけど、僕の生きていた『地球(せかい)』で、僕にそんな風に言ってくれる人間は、周りにはいなかった。


「私もそう思う」

「だよね」

「あいつらダサいし」

「格好つけてるだけ」

「似合わない」


 否定どころか、僕の意見には大抵の人間が共感してくれていた。

 そして、他人の安い共感に――僕は正しいんだと、満足してしまっていた。

 胡坐を掻いてしまった。

 強さに向き合ったとき、そんな共感など……役に立たないのに。

 そんな事すらも知らなかった。

 だから、僕は――消えたくなった。

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