第5話 転生 1
神様のくせに、二人を説き伏せることすらも諦めた、金髪美少女は、年相当にぷくっと頬を膨らませた。
小動物みたいだと、無礼にも思う二人の男たち。
そんな朧とサレンの前に、神様は二人の前に黒い渦を作り上げる。
「ブラックホール……?」
朧は背後に作り上げられた、黒き渦へと身体を向ける。
まじまじと見るが、黒い渦=ブラックホールと言うイメージ(実際には勿論見たことはない)で、この空間が宇宙に近いからこそ、意識してしまっているのかも知れないが。
しかし、ここが宇宙に似た空間であろうと、宇宙ではないのは朧でも分かっている。ならば、これは、 ブラックホールではないのかも知れない。
「この渦は?」
分からないことは聞いた方が早いかと、朧は神様へと聞く。
「それは、君たちの『体』にへと続く、一本道だね。生き返るための『光の道』と言えば、少しはお洒落に聞こえるかな?」
「お洒落に聞こえても、怖いのはあんまり変わらないんだけどね……光ってないし」
「それもそうかもねぇ」
しかし、朧の質問で結論は分かった。
この中に入れば――生き返ることが出来る。
朧はサレンとして。
サレンは朧として。
だが、結論が分かっても入ろうとしないサレンは、あることに気付いた。
「この渦――俺たちを吸い込んでいるのか?」
朧は手を渦に当ててみるが、しかし、朧には何も感じられない。
それでも――この渦が普通ではない。
まるで、黒き渦が手招きをしているようだ。
異世界に来いと。
「私は神様だからね。覚悟する時間は上げるよ!」
今はまだ、感じることが出来るか出来ないかの渦だけど、時間が経つにつれてどんどんと強くなっていく。
神様少女は胸を張って言う。
「そんな時間をくれるのなら、ちゃんと説得させてから言ってくださいよ」
時間制限付きの方が落ち着いて覚悟を決められない。
しかし、
「無理無理。彼、話聞かないもん」
神様が指を指すのは、この場合、当然にサレンであり、その指の先には――
「この渦を切ろうとしてる……?」
ランスを構え力を込めているサレンが居た。
「みたいだね、そんなこと出来ないのにさ」
「はぁっ!」
力を開放してランスを振るうサレンにも、少女の声は聞こえているだろう。それでも、攻撃の手を止めようとはしない。
「ははは、渦が弱いうちに逃げたほうが良いのにね」
無謀にも渦に立ち向かうサレンを笑う神様。
「え? 逃げようと思えば逃げられるの?」
逃げれる……朧の耳には魅力的に響いてくる。
試しに逃げようとしてみるが、「あれ? ついてくる……」一歩、前に足を出すと、その分だけ距離を詰める渦。
「ま、逃げても無駄だけど――挑むよりはいいだろう?」
「なんだよ……それ」
諦めて神様の横に座る朧。
「言ったろ? 一本道だって。つまりは逃げれないって事だよ」
「そんな……」
このまま黙って時間が来るのを待つしかないのか。
表情を曇らせる朧に、
「別に君は逃げる必要なんてないだろう? それともサレンとして生きるのは嫌なの?」
と、朧の頭を撫でる金髪少女。
「それは……」
朧は答えない。何も言えない間にも、二人を吸い込む黒い渦の威力は増していく。
風が朧の顔を撫でる。
「まあ、そうやって悩んでればいいさ。悩んでいれば、後はその渦が勝手に君を異世界へと運んでくれるんだから……」
「だからさー。君も諦めなよ」
未だ、黒き渦を消すことを続けているサレン。
いや――諦めてないのは、自分の体で、自分の世界で、生きることを諦めていないのか。
神様の「諦めろ」には耳を貸さない。
「ふざけるな。俺は俺が決めた道しかあるかん」
「あのさー」
「……」
「そうやって自分の道だけ歩いて君は死んだんだからさ。学習してよ? 神様はそんなふうに『人間』を作ってないよ?」
「ならば、俺は貴様らに作られた人間ではないのかもな」
「それはないよ」
「なぜ言い切れる?」
「この世に存在するすべては神に作られてるんだからさ――なんて、私が全部作ってるわけじゃないんだけどね」
口をあけて笑う神。
言ってしまったら、結局、今、目の前にいる金髪少女は何も知らないのではないかと、判断するには十分。
「だが、貴様らが全て作ろうとも、俺の意思は俺のものだ!」
「まぁ、確かに『人の概念』を作ったのは神だけど、そこから派生したのは君たちご先祖の努力と言っても間違いはないだろう」
作った道具が、作った人の思惑通りに使われることが無いように、使えるならば使っていく。それが人のようだ。
「だからこそ……管理すべく神が居る筈なんだけどねぇ」
全く何をやってるんだと、非難する。
「人ごとのように言ってるけど、その管理する神が君なんだよね?」
「うん。いや、この状況だから、忘れてるかなって」
都合のいい展開を求める神だった。
「忘れてないけど……」
そんな下らない事を言ってる間に、黒い渦が、二人を引き込もうとする力が強くなる。
先ほどは、風と呼んでいいのか、兎に角、なんか感じる、程度の力だったのだが、今、この状態は、明らかに渦が二人を吸い込もうとしているのが分かる。
手招きではなく引きずり込む。
気を緩めたら体を持って行かれそうになる。
「世界を救う勇者になれるなんて羨ましいなー」
「勇者ですか」
なんとか、体を支えながら、朧は神の言葉を繰り返す。
「そ、君も憧れてたんだよねー」
「……、僕の事を知ってるんですか?」
「いや、目覚めてから一応ね、君たち二人の世界を見てみたんだけど、大体そんなもんだろ?」
「本当に適当な神さまだね」
と、ああ、もういいか。
朧が諦めかけた時、
「おい!」
と、乱暴に呼ばれた。
「貴様、こっちにこい」
「僕……ですか?」
サレンに呼ばれた朧。
「ほら、呼ばれてるよ?」
「はぁ」
もう、台風の中を歩いている気分だ。
雨がないだけましかと、風で転ばない様に歩くが、当然の様に黒い渦は付いてくる。
もう、このまま自分から覚悟を決めて渦の中に飛び込んだ方が、楽になるのではないかと思うのだけど、朧は一人で入る勇気はなかった。
できれば、「いっせーので」で、サレンと互いの渦に飛び込みたい。
「なんでしょうか」
どうやら、サレンも朧の方に歩いていたようだ。
朧と同じく渦に引き込まれているのだが、その足取りは至って変わらない。世界が違うためか体の鍛え方も違うのか。
体がぶつかりそうになる距離で足を止める二人。
「……どけ!」
突如、朧を押しのけ、サレンは――朧の背後にある渦へと飛び込んだ。
「あ、ちょっと!」
呼び止めようと、サレンの手を掴もうとするが、倒されたことで、バランスが崩れてその手は空を切る。
「あの、サレンさん!」
渦へと声を出すが、消えたサレンは戻ってこない。
「ああ、マズイ!」
神様が慌てて、朧の横に飛んでくるが、
「あああぁ」
と、渦を恨めしそうに睨むだけだった。
「えっと……」
どうすれば良いのだろうか。
渦に挟まれた朧は、同じように横に立っているだけの神様を見る。
僕はどうすればいいのだろうと、取りあえず、渦、神、渦を無限ループで目を移動させる朧。しかし、何回見ても神様の動く気配はない。
ただただ、立ち尽くし、時間と共に、どんどんと顔色が悪くなっていく。
「何をそんな青ざめた顔をして、神様なんだから、これくらい想定してるでしょ?」
神様なんだから、この程度で動じるわけがない。こうして青ざめているのも、僕を揶揄っているだけだ。
僕にも何もできることはないと、朧は諦めて神に託す。
が……、
「ふるふる」
と、頭を抱えて首を振る金髪少女。
綺麗な金髪がサラサラと空を流れる。
宇宙に栄える金髪――悪くない。
などと、どうでも事に気を取られてしまって、反応が遅れてしまった。
「え?」
受け入れられなかったのか、神様はもう一度、朧に言う。
「違う渦に入るなんて……全然考えてなかった」
「ええ!?」
「だって、神様に歯向かう人間が居るなんて思わないじゃない!」
それに、もう、この渦の中は下界。
この中に入ってしまえば、力のない私では何もできないと――神様は涙を堪えて教えてくれた。美少女の目には、純度の高い水分が溜まっている。
「いや、ここまで自慢げに自分のミスを喜々として語ってるんだから、神様の威厳なんて、ある訳ないでしょう?」
朧の言葉が神様に止めを刺した。
「うううっ、ううう」
ついに泣き出してしまった。
「泣かないの!」
しかも、いくら美しく可愛らしい少女だろうとも少女だ。
例え、神様でも泣いてる少女を見るのは罪悪感がある。
「大体、対策もないのに考える時間だけは与えてたのか」
何たる無策だ。
こんな神様に世界の管理を任せている神様たちは大丈夫なのだろうかと、不安に思ってしまう。
「ううう……、ぐすん」
「あのさ、ちなみに……この場合はどうなる?」
この場に残された朧の魂はどうなってしまうのだろうか?
「それは……、多分普通に生き返るけど……」
ダッ。
生き返るならば、僕も自分の体で生き返りたいとサレンの背後にあった渦へと駆け出すが――このタイミングで、最も悪いと思えるこのタイミングで――朧を吸い込む渦の力が、最大限になってしまう。
「うう、時間切れです」
朧の体は宙を浮き、背中から渦へと吸い込まれる。
「それどころじゃないんだから、止めとけぇっー!!」
とことん駄目な神様に、恨みの声を残した朧は、瞬く間に消えていった
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