第3話 合流 1

 ランスを背負った男。

 そして朧。

 二人はほとんど同時に、違う場所へと連れてこられてしまった。

 一瞬、互いに顔を見合う二人だが、ランスを腰に差した男は、すぐに、この空間へと視線を移す。

 男は朧よりも、神さまに手を握るだけで変わった光景に、興味を示したようだが――朧は違うようだ。

 それもそうだ。

 ゲームの世界から出てきたような男。

てっきり、コスプレをしているのかと、朧は一瞬思いはしたが、コスプレした人間を見た時の様な、違和感はない。

 それは、この男がオリジナルだからか?

 真似をするのではなく、個を持っているから。

 朧はそう判断した。


「えっと、あなたは……?」


 どう呼んでいいのか。

 そもそも、コスプレじゃないとしたのならば、この男は何故、こんな格好をしているのだろう。朧の問いかけに、空間を調べていた男は動きを止めた。


「椋木 朧……」


「……何で僕の名前を知ってるの?」


 初対面が自身の名前を知っていることに、目を大きくする朧。

 一歩、後ろに下がり男から距離を取る。

 否が応でも目に入るランス。小ぶりだろうと、その鋭さは本物だろう。

 いや、仮に偽物であっても、朧の体を傷つけるくらいはできる。

 そんな警戒を抱きはするが、男は朧の事はどうでもいいようだ。


「それよりも……ここはどこだ?」


「宇宙……みたいですけど」


 朧は宇宙とは答えたもの――果たして呼吸も出来ているし、重力もある。だからこそ、ここが宇宙とは信じられないでいた。

 暗き中に浮かぶ星。


「あのー、僕の質問には答えてくれませんか?」


「質問? 何かしたか?」


「しましたよ。僕の名前を何で知ってるんですか?」


「それは、神様とやらに教えて貰っただけだ。ふん、俺は、あいつが神とは到底思えないがな」


 何も知らないならどうでもいいと、男は背を向けてしまった。


「神様って……。あの、金髪美少女!?」


 自分の他にもあの少女にあった人間がいることに、妙な親近感を覚える朧。背を向けた男に、声を弾ませて話し続ける。

 自分に興味を持たれていないと、分かってはいるのだろうけど。


「ああ」


 一応は返事をするが、いずれは返事もしなくなってしまいそうな返事だ。あくまでも、自分のしたい事をやるだけの男。


「やっぱ、あの子神様なんだ。じゃ、じゃあ、あなたの名前を教えて貰ってもいいですか?」


「なんで、俺が教えなければならない?」


 ――明らかに。

 顔を見せなくてもイラついたのが分かる。声こそ平たんに答えたが、男からは隠せない殺気とも感じられる《何か》を、朧に放っていた。

 話すのは勝手だが俺の邪魔をするなと――背中で語っているのだった。


(背中で語るの意味が違うけど)


 だけど、普通の人生でここまで殺気を出せる相手を朧は知らない。

 まるで――住んでいる世界が違う。

 朧は文字通り肌で感じていた。


「僕は神様にあなたの名前教えて貰えなかったので……」


「言う必要がなかっただけだろう。それは俺も同じだ」


「ええ!? でも、こうして同じ神様に、同じ場所へと連れてこられたのだから、縁があるでしょう」


 否定はされても詰めかける朧。


(これだけの殺気の中動けるとは……)


 異世界がどんな場所かは分からないが、気は抜かないほうがいいか。男は気を引き締める。


「……サレン。それが俺の名だ」


 向けていた背を翻し、朧の顔を見る。


「サレン? 変わった名前ですね。苗字は?!」


 目を合わせたことと名前を教えてくれたことに、喜びを隠さない。飛び跳ねそうな朧に対して、サレンは悪魔でも落ち着いていた。


(こいつ……、今の状況を分かっているのか?)


 気楽な朧に、「苗字? なんだそれは。俺の名前はサレンだ。それ以外はない」と、会話を断ち切った。 


「おい! 神とやら、お前も来ているのだろう。早く出てきたらどうだ!」


 朧と話していても、空間を調べていても何もない。ならば、自身をこの場所に連れてきた神に直接話を聞こうとする。

 どこにいるか分からない、どれだけの広さを誇っているのか図り辛いこの空間で、大きく声を張り上げた。


「神……。そうだ! なんか重大な話があるってここに連れてこられたんだ!」


 出てきてよ。朧も真似をして声を出す。


「俺とこいつが入れ替れば、生き返ると言ってた。その意味を教えてくれるのではなかったのか!」


 サレンは言った。


「ふん?」


 朧の耳に入った「生き返る」という単語――。


「あ、やっぱ、僕って死んでしまったんですね?」


 しかし、自身が死んだことはこの場所に連れてこられる前から感付いていた。だけど、人から言われたことで、感付きは実感となり朧の心に染みていく。

 自身の「死」が……。


「そんなことも自覚はないのか?」


 自分の死すらも、把握していない人間が――と、この世界に来る前のサレンならば思ったが、自分も神に言われるまでは、曖昧な記憶だった。

 人の事は言えない。言えないならば言わない。

 それがサレンだ。


「やっぱ、なんかそんな感じがしたんですよね」


 そんな感じと――自分の死を笑ってそう表す朧。


「……、神様から何も聞いていないのか?」


「恥ずかしながら」


 本当に恥ずかしそうに頭を掻く。

 あくまでもマイペースな朧に、


「取りあえず、俺が知っていることを教えてやる」


 二人同時に死んでしまったこと。

 神様が生き返るための方法を知っていること。


「ま、自ら命を絶ったお前が生き返りたいと思っているのかは知らんがな」


 俺が知っているのはそれだけだと締めくくる。


「……僕、自殺したんですか?」


 やはり――その事実には、朧もショックを隠せなかった。自らの命を自ら奪った事に。


「それすらも覚えてないのか」


「いえ、何となくは……」


 分かっていた。

 ただ、受け入れたくなかっただけだろう。

 《死》を。


(いや、何言ってるんだ。自分で死んだくせに)


 受け入れたくないなんて、都合のいいことだ。だから、はっきりと、サレンが教えてくれたことで、胸に詰まったものが軽くなる。

 朧がどんなに、現実を受け入れ、肩の荷が下りようとも――


「ともかく、俺は生き返る。こんな所で死ぬなんて、俺ではない」


 サレンは生き返るためならば、神すらとも戦う決意は出来ている。


「あの、あなたは何で死んだんですか?」


 そんなサレンは、生き返るのが目的。ならば、朧の前に居るサレンも死んでしまったという事。で、朧が自殺ならば、この男は何で死んだのだろう。


「俺は……戦いで敗れた」


「戦い……?」


 朧の視界に入って来るランス。


「ああ、とある騎士団に負けてな。だが、次は勝つ」


 強い意志を込めるサレン。


「騎士団って、サレンさんは、どこの国から来てるんですか? 格好もなんかアニメチックなふくそうしてますし……」


 名前しかないのは、どこか、海外の国から来たのだと思っていた朧。


「そうか……。それも言っていたな」


 と、何やら思い出したようにサレンは呟いた。


「何を……ですか?」


「異世界がどうとか……。俺には何を言っているのか理解できなかったがな」


 サレンには分からないようだったのだけど、朧には異世界の意味をよく知っている。 


「異世界! 本当にあったんだ。凄いなー。人の空想が実在するなんて感動です」


 そう言いながらサレンに握手を求める。


「異世界の人間に会えるなんて……死んで良かったかも! 神様にも会えたし」


 不謹慎にもそんな風に喜んでしまう朧。だが、その喜び方を見てサレンも少し興味を持った。死んで良かったと言わせる《異世界》とやらが、どんなものかを。


「お前たちの世界にはあったのか? 異世界が」


「異世界はないですけど……ありました」


「どういう事だ……? それとも、俺を馬鹿にしているのか?」


 ランスに手を伸ばすサレン。

 手を前に出しながら、必死に説明を続ける。


「異世界はないんですけど、なんといえばいいのか――。強いて言えば、物語とかでですかね」


 果たして物語りが、サレンの住んでいた世界にあるのか分からないが、しかし、サブカルチャーと説明したところで、そちらの方が伝わらないことくらいは、朧でも分かる。


「神話の様なものか?」


 と、一応は落ち所を見つけた用だ、

「神話よりも娯楽にあふれてる感じですかね。今度、漫画か小説貸しましょうか?」


「漫画? 小説?」


「ああっと、やっぱ世界が違うと文化が違いますねぇ」


 そんな他愛のない会話を交わせるほどに親しくなった――訳ではないのだろうが、それでも、距離は縮まったと、神様である金髪少女は思ったようで、


「ふふ。二人とも仲良くなってくれたみたいで嬉しいよ」


 と、手を叩きながら、唐突に現れた。


「神様!」


「貴様……」


「うん、朧くんは良い子だね」


「ふん、そんな事はどうでもいい。ここに現れたということは、説明をしてくれるんだろうな? 俺がここに連れてこられた意味を」


 僕も僕もと、同調した朧を見て、「もう少し、私も会話に混ぜてくれたっていいじゃないか」と、やはり可愛らしく口をとがらせるけど、それでも、説明はしっかりとしてくれるようだ。


「それじゃあ、説明をしようかな。その為には、その為の大前提として、私の身の上話をしなきゃいけないから、つまらないとは思うけど、しっかりと聞いてくれ」

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