bread-21 ノートとカード

 晃は『仲直り』の他にも、もっと大きな土産を持ってきていた。



『私に連絡くれたのは右京くんだけじゃないのよ?』



 彼女は空から鞄へと視線を移すと、俺を軽く睨んでから一冊のノートを取り出した。



 ――それが何か、すぐにわかった。



 後輩に捨てられそうになったいつかのカードと同じように、色鉛筆やペンで丁寧に書きこまれたその中身。



 ――それが俺のだと、すぐにわかった。



『彼女ね、私のところに来たの』

『菊地さんは、まだ晃さんのことが好きなんだと思います』

『よりを戻せませんか?ってね』



 ノートを捲る手が止まった。



『和浩くんが私をまだ好きだなんて、そんな訳ないって私でもわかるわよ?』



 晃は俺の背中を思い切り叩き『しっかりしなさい!』と怒ったが、直ぐ様『はい』と答えた俺を見た途端ケラケラ笑いだした。


『真面目か!』


 手の甲で、腕までもパシリと叩かれる。

 ツッコミをする晃なんて初めて見た。


 きっと、翔と過ごしているうちに彼女に追加された性格ところなんだろう。



 変わるのは決して難しいことじゃない。



 こうして晃と並んでいるうちに、今まで何をそんなに抱え込んでいたんだと可笑しくて堪らなくなった。



 ずっと、変われないと思ってた。


 ――でもそうじゃない。


 変われないんじゃなくて……変わろうとしなかっただけ。


 クリスマスのあの日に、傷付く自分を……弱い自分を知ってしまったから。

 クセだとか、そういうもんだとか、そんな言葉で自分を守っていただけ。


 晃を見送ったあと、一人戻った公園のベンチでもう一度ノートを開く。


 ――たくさん食べる人

 ――シナモンは苦手

 ――粒あん派!

 ―…


 彼女が作ったそのカルテはかなり偏っていて、大したことじゃないものばかりが最重要な位置に書かれている。


 さらに言うなら、病院のカルテと違って悪いところが一つも書いていない。



 ページを捲る度に彼女の顔を思い出した。

 書き直したあとを見つける度、心の奥がヒリヒリと痛んだ。


 雨の日だって、晴れの日だって。

 曇っていたって、暑くたって。


 どの日の彼女を思い出しても、自然と笑顔になることに気がついた。



 彼女と出会って変わったところは、朝の時間の使い方と、規則正しく減るようになった腹だけだと思ってた。



 ――――でも。




「……あの」


 次の朝早く、売店に立っていた若い男の子に声をかけた。


「いらっしゃいませ!」


 にこにこと笑う姿は、姉弟だとわかるくらいに似ていて思わず顔が緩んだ。


「何にしますか?!」

「えっと……じゃあコレを一つ。あと、これを……」


 俺が胸元から取り出したそれを見て、彼は顔にクエスチョンマークを浮かべたが少し説明しただけですぐに納得してくれたようで。



「ご丁寧にありがとうございます!」



 と笑った。

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