alcohol-20 逆光
保さんに会いたかった。
保さんに会って自信を付けたかった。
自信だけじゃない、彼じゃなきゃだめだという確信も欲しかった。
少しずつ、柏木の存在が大きくなっていく。はじめは保さんが100占めていたのに、0だった柏木が10になり、20になり……今、どのくらいかと問われたら、うまく答えられそうにない。
だから、保さんに沢山会おうと思った。
迷いが生まれないほどに彼の存在を強くしようと思った。
「雫さん!すいません、ちょっと忙しくて」
お昼ご飯を一緒に食べられると聞き、やってきたはいいけれど夏休み中のせいか小さなお客さんが多かった。
「すいません、この本ありますか?」
隣に立った女性がレジの向こうにいる保さんに声をかける。
その人の手元に目をやると『読書感想文にオススメ』という学校からのお便りらしきものを広げていた。
「あ、これですね。今ご案内します」
「ちょっと待っててね」
保さんは、その女性とその人の背中から顔だけ出している女の子に声をかける。
女の子に声をかける時、彼はちゃんと少し屈んで目線を合わせた。
『満点!』
心の中でそう思った。
「雫さん、すいません!奥で待っててもらえますか?」
日中に来ることは数えるほどしかなかったが、彼の言う『奥』がどこか知っている。
「はい」
短く返事して、邪魔にならないよう奥へと滑り込んだ。
店内からは見えないその場所。
高い棚の裏、明かり取りの細長い窓があるその場所には小さな作業台と丸椅子が一組置いてある。
たった一つ棚を隔てているだけなのに、違う部屋にいるかのように静かなこの場所。
僅かに聞こえてくる店内の音を聞きながら、私は持ってきた文庫本を開いた。
――彼に貰った『あの駅の話』という恋愛短編小説を。
普段、絵本以外はあまり手に取らない私でもすんなり読める軽い本。
あまり本を読まない私を、許してくれているようで嬉しかった。
駅を舞台に、再会した元恋人達の物語――薦めてくれたのが恋愛小説だったことだって嬉しかった。
***
おそらく忙しくて、私の存在なんか忘れているだろうと思いながらも彼のいる方へ視線を移してみる。
――顔を上げて、驚いた。
いつからそうしていたのだろう。
本を抱えたまま立ち止まり、こちらを見ている彼の姿が飛び込んでくる。
自分で言うのも何だけど、目を細め立ち尽くす彼の姿は、まるで私に見とれているようにも思えた。
逆光だから、私の顔はきっと暗くてよく分からない筈なのに――。
いつもよりも遥かに穏やかなその眼差しは、本当に私を捉えているのか疑問になるほど遠くを見ているようにも思えた。
少し恥ずかしくなった私は、彼に何の合図も返さず再び本に目を落とす。
彼のお父さんが傍に立ったのは、それからすぐあとのことだった。潰した段ボールを手にして近寄ったおじさんは、さっきの保さんと同じように私を見て動きが止まった。
――おじさんは悪い人じゃない。
私を傷付けようだなんて絶対思っていない。ただただ驚いた――そんな様子だった。
『そうしてると、本当に響花ちゃんそっくりだなぁ!』
その名前を聞いたのは初めてだったけど、そういうときの勘はよく当たるものだ。
『キョウカさんって……もしかして保さんの前の彼女さんですか?』
おじさんは大したことないと思ったのだろう。二、三度軽く頷いたあと笑いながら話した。
『いやぁ~、保から雫ちゃんと付き合うって聞いた時は幼稚園の先生と縁があるなぁって思ったんだ』
……キョウカさんも幼稚園の先生だったんですか?
おじさんは、私の顔に書いてある質問をあっという間に読み取った。
『うん、そう。ほら!』
『雫ちゃん知らないかい?』
『あー知らないか。あの子ずっと海外だし』
私は、何も知らなかった。
『柏幼稚園の娘さんだよ!』
『ほら、今働いてる坊っちゃんの』
――『お姉さん!』
急に、三人で飲んだあの日のことが思い出された。
――風間さんが、俺の大学の講師に来たことがあって!……ね?!
――……あ、ああ、うん。
慌てた柏木と、戸惑う保さん。
何にも知らなかった。
柏木にお姉さんがいることも。
そのお姉さんが、保さんと付き合っていたことも。
二人が知り合いだった理由がそこにあったことも……
私は一人だけ、何にも知らなかったんだ。
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