alcohol-21 ひとり

「ただいま」


 言った後に、今日は両親も祖母も出掛けていて家には誰もいないことを思い出した。

 幼稚園も、ANNAMOEでも、家でも……常に賑やかな空気に囲まれているからか、こんなに急にシンとされるとどうしていいか分からなくなる。


 閉まる扉の音も、置いた鍵の音も全てがハッキリ耳に届く。

 一人が静かなのだと思い知らされる瞬間だった。


 手を洗おうと、洗面所の蛇口に手を伸ばした時、左の手首に付けていた黒いヘアゴムが目に入った。



 ――髪のほどけた子に使ったり、袖が落ちてこないようにするために……ですよね、きっと。

 ――素敵です。



『保さん、私キョウカさんのこと……おじさんから聞いちゃいました』

『……え?』

『もーう!早く言ってくださいよ!』

『……すいません』

『さては、私を見ながらその方のこと思い出したりしてましたね?!』



 帰り道、送ってくれた彼に確認してしまった私。保さんは、しばらく黙りこんだあと、もう一度『すいません』と言った。



 それ以上の答えなんかない。

 それが答えだと一目瞭然だった。



 これから何かするわけでもないのに、下ろしていた髪をいつもの癖で結ってしまう。

 鏡の中にいるのはいつもの私なのに、私の知らない『キョウカさん』にも見える。

 


 ――髪をきちんと纏めるのも服が汚れているのも、いつも子供たちに一生懸命だからで、指の爪が短いのも、子供たちを傷付けないためでしょう。

 ――そういうところが好きなんです。



 私じゃなかった。

 どれも、これも、私にじゃなかった。



 ――だからいいの、好きのオンパレードじゃなくても。

 ――ちゃんと私を見てくれてるって事だから。



 あの日、未央に伝えた自分の言葉に締め付けられる。この事を知ったら未央は保さんを非難するだろう。怒って、もしかしたら本人のところに乗り込もうとするかもしれない。


 でも……私は彼を責められないと思った。


 保さんと付き合いながら、柏木に揺れた私への罰かもしれないと……思ったから。


 自分がこんなに欲張りだなんて知らなかった。


 保さんの一番じゃなかったことに傷付いているくせに、柏木が何故お姉さんのことを秘密にしていたかにこんなにも囚われている。


 鏡の中で悲しげに曇り、涙するその顔から思わず目を逸らした。



 泣く資格なんてないのに。

 私にこんな顔する資格なんてないのに。



 こんな自分知りたくなかった。

 欲張りで、嘘つきで、優柔不断なくせに、自分が傷付くことを一番怖れてる――こんなズルい自分なんか知りたくなかった。

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