alcohol-23 夏の終わり

 カレンダーをめくる度、新しい気持ちになる。昔からカレンダーを変えられる月の始めが好きだった。

 新しい絵柄を見て、新鮮な気持ちになるのが好きだった。


 けれど、あの日片側に傾いたまま止まってしまった私の気持ちがリセットされる日はまだきていない。


 時間が解決してくれると思ってた。

 忙しさに救われると思ってた。

 でも、どうやらそう上手くは行かないらしい。


『先生は夏休み何したのー?』

『先生は美味しいアイスを食べました!』


 子供たちの問いにそう答えたけれど、私が思い浮かべたアイスはたった一つだけ。あの日、柏木と並んで食べたソフトクリームだけだった。


 指先に垂れたアイスクリームは、いつの間にか心にまで到達してしまっていて、ウェットティッシュを使っても拭き取ることが出来なくなった。


『……雫、やっぱり私も一緒に行こうか?』

『大丈夫、私のことは気にしないで右京くんとドレス見てきなさい!』


 出がけにかかって来た未央からの電話。彼女は、私が保さんと二人で会うことをかなり心配している様だった。



『別れてから初めて会う訳じゃないし、仕事なんだから大丈夫!』



 保さんと別れたことを後悔していない。

 深々と頭を下げ何度も謝る保さんを見た時、私の胸は確かに痛んだけれど、柏木を突き放したあの日の痛みとは比べ物にならなかった。


『私たちは、似てるんですね』

『……似てる?』

『同じような相手に惹かれてる……罪な姉弟きょうだいです』


 顔を見合わせた途端、笑みがこぼれた。

 私と保さんは別の道を進むのに、目的地はなぜか同じだというのが可笑しかった。



「保さん、すいません」

「いえ、僕も今来たばかりです」



 待ち合わせした隣町の小学校前。

 だいぶ増えた絵本をもっときちんと管理したいと考えた私が一番に相談したのは保さんだった。


『小学校の図書室で司書をしている知り合いがいるので連絡してみましょうか』


 いち幼稚園が、図書室のように本を管理することは難しいかもしれないけれど、何か参考に出来ることがあるかもしれないと思った。


 ただ園名を書いて並べてあるだけの現状を改善するいい方法があるんじゃないかと漠然と思った。


「今は各教室と、廊下に設置してある本棚にただ並べているだけなんです。一応、本のリストは作っていて、貼ったシールの色で分けたりはしてるんですけど……」


「……すぐに見つけられない本もあって」



 時間がかかる作業だというのは充分わかっていた。


 けれど、頑張ってみたいと思った。

 気が付いたことに目をつぶるのはもうやめる。


 例え、それが『ウサギとカメ』の亀みたいだったとしても、一歩ずつでも……前に進んでいきたいと思った。


 思ったことをそのまま口にしたり、突然アイスを頬張ったり、法被を着たり……子供たちと同じ目線で世界を楽しむ彼のようになることは出来なくても。


 せめて『一生懸命』な私でいたい。

 

 同じ環境にいて、全く会わないなんてそんなことは出来っこないから。


 いつか再会するその日のために。

 彼が好きになってくれた『私』を――。


 精一杯、磨きたいと思ってる。

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