alcohol-22 最後の着信

 週が明けてすぐの夜、彼の名前が携帯画面に映し出された。

 保さんはきっと柏木に連絡するだろう。それを聞いた柏木は私に連絡してくるだろう。そう思っていたから心構えは出来ていたはずなのに、電話に出るのが怖かった。


『あ、高松、風間さんから聞いて……』


 珍しく大人しい柏木は開口一番にそう切り出すと、保さんとお姉さんとのことを隠していたことを謝った。


『黙っててごめん』


 ただ、申し訳なさそうな声色だったのは最初だけで、明るいトーンにいきなり切り替わる。


『なんか言いづらくてな!』


 こういうところ、やっぱり異世界の住人だと思った。


「大丈夫」


 努めて落ち着いた声を出したのに、彼が様子を変える。きっと、雰囲気じゃないとわかったのだろう。



『……ごめん』



 ――ごめん、だなんて言わなくてもいいのに。ずっと未知の生物のままでいてくれたら良かったのに。

 そんな風に謝られたら、言わないつもりだったことまで口から出てしまう。


「私を……可哀想だと思ったりした?」

『え?』

「三人でご飯食べた時、気が付いたでしょ。私が保さんを好きだって」

『……』

「保さんが……私にお姉さんを見てるって思ったこともあるんじゃない?」

『……んなことないって』

「だから……隠してたんじゃないの?」

『違うって!!』


 柏木の大きな声に、肩がビクリと揺れる。

 電話の向こう側から聞こえてきた深い溜め息が、私の心を硬直させた。


『高松』


 静かだけど怒りが含まれているような呼び方と、真っ直ぐな声に胸の音が大きくなった。



『俺は、高松を可哀想だと思ったことなんか一度もないよ』



 私の中に浮かぶ天秤は、ずっとただ揺れていると思ってた。保さんだったり、柏木だったり……釣り合うことも、どちらかに振れることもなく、ゆらゆらと……。


 でも……もしかしたら、傾かないように傾かないようにとおもりを操作していたのは自分自身だったのかもしれない。



『俺はただ――高松が好きなだけだ』



 柏木の口から飛び出す言葉はいつも予想外で驚かされてばかりだったけど、嘘はないってわかってた。

 保さんとお姉さんのことを隠してた理由わけだって想像できる。



 でも、だけど――。



「……ごめん……応えられない」



 天秤が傾いているのは、今この瞬間だけかもしれない。

 私はズルいから……ただ今だけ、この優しさになびいてしまっているのかもしれない。


 あとから「何か違った」と言う側にはなりたくない。

 いい奴だから。

 柏木が思っていたよりずっと、ずっと、いい奴だったから。



『わかった』



 ごめん、柏木。

 ごめん、柏木。



『ありがとな』



 通話の終わりを知らせる電子音が身体中に響いたけれど、私からその音を止めてしまうことは出来なかった。


 どうして今なんだろう。

 応えられないと言ったばかりなのに、頬を伝う涙と胸の痛みに気付かされる。



 ――イヤダ



 どうして今、こんなにはっきりわかってしまうのだろう。



 ――コンナノ、イヤ



 これが最後なら……これが彼からもらう最後の着信ならば、こんな気持ちに気付きたくなんかなかった。


 突然降りだした雨のように私を襲ったのは他の何物でもない――深く、激しい、後悔だった。

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