alcohol-19 ソフトクリーム

 お昼時を過ぎていたからか、店内はそれほど混んではおらず、私と柏木はすぐに奥のテーブル席に案内された。


「辛味噌でいいの?」


 ラミネートされたメニューを向けた彼に、私はすぐ頷いた。


 ラーメンを注文した途端やってくる沈黙。


 ホームセンターからここまで来る為に乗った柏木の車の中でも、勿論気まずさはあったのだけれど……車内より、向かい合わせに座った今の方がずっとずっと気まずいと思った。


 そんな気持ちを悟られないように、水のグラスに何度も手を伸ばす。

 中身の少なくなった私のコップに気付いた柏木が、ピッチャーから水を注ぎながら沈黙を破った。


「風間さんとうまくいってんの?」

「……あ、うん」

「そっか。風間さんの変な性癖に気付いてギクシャクしてくれてたら狙い目だったのに」


 意味深な言葉を発し、目を伏せた柏木。


「え!保さん、変な性癖が……あるの?」


 慌てて問い掛けたが俯いたままの彼。


「ちょっと!」


 手を伸ばし、彼の腕を揺らす。


「……ぷはっ」


 二度三度揺らしたところで彼が吹き出した。


「……ちょっと」

「あはははははははは」


 彼の大袈裟な笑い方に思わず頬が緩む。

 真っ直ぐに伸ばしていた背中も緩んだ。


「去年の春の研修会覚えてる?」


 突然、笑いながら彼が聞いた。


 ―――……


「腹一杯!昼寝したい!」


 店を出てすぐ、彼は伸びをしながらそう言った。

 駐車場に停めた車までの短い距離を並んで歩く。ラーメンで上がった体温と、夏の午後の強い陽射し。


「「うわっ」」


 開けたドアから溢れだす、もわんとした車内の熱気に二人同時に顔が歪んだ。


「ちょっと待ってて!」


 彼はそう言うと、道を挟んだところにあるコンビニへ走って行き、あっという間にソフトクリームを二つ手にして戻ってきた。


「車冷えるまで食べよ」


 柏木は、歩道と駐車場の間に置かれたガードレールに寄りかかる。

 私も真似して寄りかかり、プラスチックの蓋をパコッと外した。


 一口、二口。


 熱くなっていた口の中に滑らかな甘さが広がる。不思議と幸せな気持ちになった。


「去年の春の研修会になにかあった?」


 さっき、ラーメンが運ばれてきたせいで途中になっていた話。

 彼は『あぁ!』と言ったあと続きを話した。


「ロビーの椅子に座ってる高松を見たんだ」

「ロビーの……椅子?」

「そうそう。こうやってダラーンと座ってるのをね」


 柏木は体を前に倒し、アイスを持っていない方の腕を膝のあたりまで伸ばす。

 今の今まで忘れていたけれど、彼の言葉を聞いて一年前の自分を思い出した。


「高松が『はー、緊張したぁ』って呟いたのが聞こえたんだ」


 当番校だったあの日、私は会の進行役をしなければならなかった。人前に立つのはもともと苦手なのに、出席者がいつもよりも多かったその日、私の緊張は半端なものじゃなかった。


「いつもピシッとしてて、苦手なことは何にもありません!みたいな顔してたのに」


 思い出してくつくつと笑う彼。

 横目で睨むと、アイスを放っておき過ぎたせいで溶けた分が手に垂れているのが見えた。


「もー。はい!」


 肩から下げたバックの中からタオルハンカチを出して手渡すと「そっちも溶けてるよ?」と意地悪に笑う。


 わぁわぁ騒ぎながら、溶けだしたアイスを慌てて口に運んだ二人。

 ベタついた手は、ハンカチじゃどうにもならなかった。


「今後はウェットティッシュも買わなきゃね?」


 柏木が真面目にそう言ったものだから、また笑いが込み上げた。


「高松は……そういう方がいいよ」


 ふと、柏木が夏の空に放った言葉。

 ちゃんと聞こえたのに、少しの間私は聞こえなかったふりをした。


「友人からの助言はちゃんと聞きなさい」


 やがて偉そうな顔をして私を指差した彼に、私は『はい』と手を挙げて返事した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る