alcohol-18 辛味噌ラーメン
『サヨナラ』をしたからと言って、彼と二度と会わなくなる――そんな訳ないことくらい、ちゃんとわかってた。
同じ仕事をしていて、同じような立場にいる彼と、顔を合わせる機会は山ほどある。
ただ……研修会なんかの仕事で会うならば、予定されている日程までに心の準備が出来る。覚悟が出来る。
でも、偶然会ってしまう時のことまでは……正直考えていなかった。
「よっ!」
柏木は、右手を顔の横でパッと開いて笑う。私が抱いた気まずさを一気に吹き飛ばしてしまうような、そんな笑顔だった。
「もしかして夏祭りの準備?」
家から少し車を走らせたところにあるホームセンター。抱えたブルーシートを見るなり彼はそう聞いてきた。
「……うん、園庭に敷く分足りなくて」
ふと彼の押すカートの中に目をやると、紅白縞模様の提灯やビニールプールなんかが入っている。
「……もしかして、柏木も夏祭りの準備?」
「そっ!今年は去年より盛大にしようと思って、法被も用意したんだ」
柏木の法被姿を想像して、可笑しさが勢いよく込み上げた。きっと、甚平を着ている男の子たちと同じように……いや、それ以上にお祭りを楽しむのだろう。
「似合う、似合う!きっと似合うよ」
「俺、何でも着こなすからね」
モデルの様なポーズを取って、さらに笑いを誘う彼。
ただのホームセンターの、何て事ないこの場所で、何も考えずに子供のように笑った。
「良かった、普通に話してくれて」
何て事ない
そして気付いてしまう。
彼が私を全くからかわないことに。
『可愛い』と言ったり『好きだ』と言ったりしない。わざと顔を近付けて、私を困らせることもしない。
「高松、もう帰る?荷物大丈夫?」
本来ならば、それが普通なのに。
彼が普通に接してくればくるほど、私の胸は締め付けられた。
「あ、うん、大丈夫。実は今、父が車に他の荷物積んでて」
「あー、園長先生と来てたんだ?」
「うん、これは買い忘れで!追加で、今」
笑顔を作ったまま固めた顔。
そのままで彼にそう返事をする。
――『あの時はごめんね』
―― そう言ってしまえたら、気分は変わるんだろうか。
急に湧いた感情のせいで、うまく喋れなくなるところだった。
「じゃあ、準備頑張って」
彼にそう告げ、抱えていたブルーシートを持ち直してレジに向かう。
数歩進んだその時だった。
「高松っ!」
あの日のように背中に掛けられた声。
振り返ると、彼はカートを置き去りにして私の前に駆け寄った。
「ラーメン食いに行こう!」
あまりに唐突な誘いでも、それを彼らしいと思った。
「それ車まで持ってく時、園長先生に挨拶もするから」
「近くのラーメン屋、旨いんだよ?」
「辛味噌がオススメ」
ふと……別の一歩を踏み出すには丁度いいきっかけになるんじゃないかと思った。
彼の私への接し方の変化も、それを意味しているんじゃないかと思った。
「……えっと」
迷っている私に彼が言った
「いい友達にはなろうよ」
少し前は、彼の言動も行動もまるで理解出来なかった。
でも、今は。
友達としてならば。
「確かに……辛味噌食べてみたいかも」
彼の顔がパァっと明るくなる。
「よし、じゃあ決まり!」
カートを取りに引き返す彼の後ろ姿を眺めた。
――これでいい。
――これでいいんだ、と。
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