bread-13 ブルー
あの角を曲がる直前、私の体はいつも一瞬固くなる。
彼はいないんじゃないかと思ってしまうからだ。
『つぶあん派かこしあん派?うーん。どっちも食べれるからなぁー』
彼はあまり意識したことがなかったらしい。
『どちらかと言えばでいいんです!』
無理矢理つぶあんと言わせても意味がないことくらいわかってたけど、同じが良かった。
『んー。二個並んでたら粒の方を取るかも』
『本当ですか?!』
『うん、ずっしりしてて腹に溜まりそうでしょ』
『……腹?』
私は4色ボールペンの青を出しノートに雲の形を書く。そして、中には黒で『たくさん食べる人』と書き込んだ。
シナモンロールを食べる彼を見て、シナモンはそれほど得意じゃないようだと気付く。
いつもは出来ないのに、口元に変な皺がよっていたしすぐに自販機を探してコーヒーを買っていたから。
私はノートに吹き出し形の付箋を貼り、その中に赤字で『苦手!』と書き込んだ。
そして、米印のあとに『パンに合わせた飲み物を持参すること』と加えた。
『笹野さんっていくつ?』
彼は誕生日がきたら29歳になるそうだ。
一番最初のページに年齢と誕生日が増えた。
私は部屋のカレンダーを数枚めくり赤ペンで丸をつけたけれど、日付の下に『菊地さんの誕生日』とは書き込めなかった。
再びノートに戻り、4色ボールペンの赤でハートを描く。中に黒で『彼に初めて名前を呼ばれた日』と書き込んだ時は思わずにやけてしまった。
『か、彼女さんとか、奥さんとかいますか!?』
聞きそびれたままになってしまい、ずっと気になっていたことを思いきって聞いてみた。
あまりに突然だったからか、今さら?と思ったのか、彼は驚いていたけれど、すぐに笑って『結婚してたり彼女がいたらこうして毎朝笹野さんと会わないよ?』と言った。
特別な人がいないという答えは嬉しかったけど、なぜか心の奥が暗くなる。
私は鉛筆で『彼女になれる日がきますように』と書き込んでみたけれど、すぐに消した。
……初めて、ノートにシワが出来た。
明日は金曜日。
約束のない土曜日の朝は、改札に向かう彼の背中だけ見つめることになるんだろうか。
――無視されたりしないよね。
――朝の挨拶くらいしてくれるよね。
――今週の土曜がお休みかどうかだけでも明日聞いておこうかな。
通るはずだと期待して待ち続けるのも、会えなかったと落ち込むのも想像しただけで随分と辛い。
今日はお休みなんだから会えないのは当たり前、仕方がないんだと言い訳出来る方がずっといい。
パタンと閉じたノートの表紙は青い色。
何度も会ううちに気が付いた、彼の好きな色。
本人に聞いた訳じゃない。
でも、ジャージやタオル、スニーカーのどれをとってもどこかに青が入っている気がした。
「……私も青になりたい」
バカみたいにそう呟いた私は、目の中に青を閉じ込めたあと机に突っ伏した。
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