school-13 ジンクス
『気持ち悪い……』
そう言って萌は俺の腕を掴んだ。
***
放課後の中庭。
部活が始まるまでの隙間時間、いつものベンチに座り良く晴れた青い空を眺めていた。
萌と口をきかなくなってもう何日経つだろう。
深い緑色の葉っぱを山ほど抱えた目の前の大木がザワザワと俺に話しかけてくる。
『男のくせに小さいやつだ』
まるでそう言われているみたいだった。
そろそろ折れてやろうかな。
あいつが別のやつを好きなのは正直キツいけど、あいつが泣きそうな時は必ず傍にいてやらなきゃいけない。
「あー!!くそ!!」
「しょーがねーな!!」
両足で地面を強く踏みしめ立ち上がる。
またザワザワと騒ぐ木に睨みをきかせながら『俺はデカい男なんだよ!』と放ち、タン・タンと何度か足踏みをした。
履いているバッシュが少しだけきつくなったような気がして爪先に視線を落とす。
――ちょうどその時だった。
ふわりふわりと後ろから飛んできて俺の足下に静かに落ちたものがあった。
少し左にまた一つ。
斜め後ろにもう一つ。
次々と視界に入っては静かに着陸する。
ぐるっと見渡した回りには、いくつもいくつも同じものがあった。
俺の後ろ。
ベンチの下。
花壇の中。
落ちてたり、引っ掛かってたりする沢山のそれは、破ったノートで作られた紙飛行機だった。
「……なんだこれ?」
不思議に思い、足もとの一つを手に取る。
拾ってすぐに驚いた訳は、そこに見覚えのある萌の字が書かれていたからだった。
「は?」
手にした飛行機の羽を見てすぐに、急いで少し左のも拾う。
斜め後ろ。
真後ろ。
花壇。
ベンチの下。
校舎の窓のすぐ下……
かき集め、慌ててベンチの座面に並べた七機。
『イチ』
『ごめん』
『ちゃんと』
『思い出したし』
『気づいたよ』
『私』
『イチが好き』
何度読み返しても実感が湧かない。
どう並べかえてみても、最後の一機に書かれた一文は変わることがない。
――嘘だろ?
視線を感じて見上げた校舎の二階。
窓のところに立っていた萌は、ここからでも分かるくらいに涙ぐんでいて、窓の
慌てて入った校舎。
跳ばして駆け上がる階段。
あがる息と、高鳴る鼓動。
音楽室から漏れる吹奏楽部の音が煩かったから、肝心の最初の言葉はよく聞こえなかったけど、彼女の顔を見ただけで『嘘』じゃないことがわかった。
***
「お前なー。何個食べたんだよ!これ!」
保健室に横になった萌に向かって、俺は深い深い溜め息をついた。
「5個……」
嬉しくて、廊下だとわかっていたが思わず彼女を抱き締めた俺。
彼女が吐いたのはそのすぐあとだった。
俺のジャージはドロドロで、部活どころじゃなくなった。
「りっちゃんが、食べてから告白したら叶うって言ってたから……」
どうやら萌はうちの高校に伝わる『恋のジンクス』を実行したらしい。
『告白の前に、ささのベーカリーのクリームパンを食べると恋が実る』という女子の間で受け継がれてきた伝説を。
「だからって、なんで一気に5個も食うんだよ!」
そう聞いたのは失敗だった。
まだまだ気持ちの悪そうな彼女が布団を頭までかぶったあと、それはそれは恥ずかしそうに呟く。
「……絶対叶って欲しかったんだもん」
体が熱いのを、咄嗟に西日のせいにした俺は窓に近づき顔を隠す。
西日の色なんか色褪せて見えるほどに赤くなってしまった顔を、彼女に見られたくなかったからだ。
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