alcohol-11 子犬か悪魔か。

 外に出るとほんの少しだけ夏の薫りがした。思い切り深呼吸すると、アルコールが抜けて新鮮な空気が身体中に吸い込まれていくような気がして気持ちいい。私は腰に手をあてたまま夜空を見上げて呟いた。


「……お泊まり会の準備しなきゃなぁ」

「お泊まり会の準備しなきゃなぁ」


 後から店を出てきた柏木は私に似せた口調とポーズで私の隣に並ぶ。


「真似しないでよ」

「ハハハ」


 すっかり打ち解けてしまったのは憎めない彼のこの性格のせいだろうか。


『風間さんより俺を見てよ』


 賑やかな居酒屋にいることを忘れさせるくらいの爆弾発言。


『あ、えっと、その』

『……』

『ま、またそうやってからかう!』

『……』

『ちょっ、何か言いなさいよ』

『……』

『ちょっと!』


 彼は頬杖をついたまま私のことをただただ黙って凝視していたが『今夜はこれで充分♪』と意味不明に発したあと目を細めて嬉しそうにふわりと微笑んだ。


 まずいことに、いつもの強い眼力がこんな風に解れる度、あぁこれはモテるかもと変に感心する自分も現れた。


「高松送ってくよ」

「タクシーつかまえるから大丈夫」

「じゃあ、それまで」

「いいって」


 歩き出した私に追い付こうと早足で近寄った彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「ふっふっふ」

「な、なによ?」

「もしかして、これ以上一緒にいたら好きになっちゃう?」

「……はぁ?」


 両耳を両手でポンポンポンと塞ぎながら大袈裟に『あーーー』っと声を出し彼の存在をまるごと無視してみる。

 私に軽くバカにされて、さすがのコイツも苛つくかと思ったのに……そんなの何処吹く風かと言わんばかりの軽快な足取りで私の横に並ぶ様子は無邪気でもあった。


「夏になったらドライブ行かない?」

「行かない」

「結構いい車乗ってるよ?」

「車と出掛けるわけじゃないでしょ」


 そう言った私の顔を見て、またしても解れる彼の顔。


「そういうとこも好き!」

「なつくな!!」


 好きの大安売りをしながらじゃれる彼は、よく見たら耳と尻尾が生えているかもしれない。

 ――絶対、小型犬だけど。


 ふざけながら私より一歩前に出た彼は夜空の細い月を見上げながら、細長い溜め息と共に急にぽつりと吐き出した。


「みんな俺の外見と持ち物にしか興味がないからさ」


 クルリと振り返った彼は、どことなく寂しげな顔をしていたから何て返せばいいのか戸惑ってしまう。

 悩みのない人なんていない、柏木だって例外じゃないよね。


「ごめん、柏木……わたし」


 教育者が人を見た目で判断するなんて……と、今更ながら今までの自分を反省した。


 ――のに!!


「今のグッときた?!女心くすぐった?!」


 ニィ~っと笑ったその顔は映画でよく見る何かを企んだ悪役にそっくりで、バカにされたのはこっちの方だと気が付いた。


「ばっかじゃないの!」


 少し先に見えたタクシーに思い切り手を上げる。


「あ、高松!」

「さようなら!」


 止まったタクシーのドアが控えめに開く。


「高松、またね」

「……」

「ま・た・ね!!」


 顔の横で広げた手で、グー・パーを繰り返す彼に睨みを効かせてから「はいはい、またね」と投げ返す。

 車の窓から見えた彼はやはり満面の笑みで、子犬と悪魔のどちらなのかは結局探れないままだけれど、少なくとも『未知の生物』ではなくなった――――かもしれない。

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