bread-10 カウントダウン
10日め。時刻は6時50分。
半信半疑で駅前に立つ私。
そして、5分後、私を見つけ慌てて近付く彼。
『待った?』
『いえ……』
柔らかな朝の白い光の中、私たちの関係はまずまずのスタートを切る。
――はずだった。
「寝坊したーー!!!」
慌てる私を見た母は呑気な声で『ちっとも遅くないじゃない』と笑った。
確かにちっとも遅くない。
なんなら世の中のほとんどは目覚めたばかりだと思う。
「きょ、今日からちょっと早く行くの!!」
「どうして?」
「へ?!えっ、えっ……と。と、とにかく!ちょっと早く行くことにしたから!」
気持ちだけが焦る私は、ヘアゴムやら、携帯やらを次々に床に落としてしまう。
もー急いでるのに!!
「行ってきます!!!」
坂道を下り始めた時やっと少し落ち着く気持ち。昨日の夜は遠足の前の小学生みたいになかなか寝付けなかった。
「やっぱり、もう少ししっかりお化粧した方が良かったかなぁ」
ミラーに映った目元を見て少し後悔した。
いつもと何ら変わりない姿なのに、いつもよりどこか足りない気がしてならなかったからだ。
ファンデーションやアイシャドウも塗るし、眉ももちろん書くけれど、それはどれもこれもずっと『お客さんの前に立つ為のマナー』みたいな感覚だったから派手さがまるでない。
恋愛ドラマに引っ張りだこの、あの女優さんがCMしてる艶々の肌や、苺のように色付く口紅なんか一個も持ってない。
勢いでああは言ったけれど、たった21日間しかないのに、私を好きになってもらうことなんて出来るのかな。
好きな人のことを考えて眠れなくなるなんて知らなかった。
吐きそうなくらい緊張してるくせに、彼に会ったら何を話そうか考えて浮かれる自分。
心臓がどっちの理由でドキドキしてるのかも分からなくなるほどだった。
このまま行けば10分前には駅前に着く。
彼を待つ間に、ちゃんと頭を整理して……もちろん、鏡も見て……
――のはずだったのに!!!
「菊地さん!!!」
ペコリと頭を下げた彼。
もう走ってきたらしく、ジャージ姿の彼の額は少しだけ汗ばんでいた。
「おはよう」
「お、おはようございます!お、遅くなってすいません!!」
静かな朝の空気の中、私の大きな声だけが響く。
菊地さんは少しびっくりしたあと、駅前の時計を指差して『全然遅くないよ』と笑った。
彼はずっと陸上をやっていたらしい。
『小5から高3までだから8年かな。タイムが伸びなくなって大学からは辞めちゃったけど』
彼は、『走るのが好きなんですか?』という私の質問に、タオルで顔を拭きながらそう答えた。
そして、その経験が今の仕事に繋がっているという。
私でも知っているあの有名なスポーツメーカーの商品販売促進部にいると知った時はただただ驚いた。
「凄いですね!」
「いや、たまたま運が良かったんだよ」
「いえ!!そんなことないです!運も実力のうちですよ!」
「……そう?」
「はい!お祖父ちゃんの受け売りですけど、頑張ってる人には運も付くんです。ちゃんと神様は見てるんですよ!!」
そう力説した私は、掌を天高く伸ばす。
菊地さんはそんな私にまたびっくりしたようだったけど、すぐに『ありがとう』と優しく微笑んだから私は嬉しくて堪らなかった。
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