alcohol-9 CALL
土曜日の夕方4時。
思い切って押した保さんの電話番号。
鳴り始める呼び出し音。
1回目……
2回目……
携帯を持つ手に滲む汗。
いい大人が、たかが電話で、こんなに緊張するなんて。
3回目……
4回目……
こういう時は何回まで鳴らしていいんだろう。正解を知らない私。
5回目……そろそろ切り時?
6回目……しつこい?
悩んだまま鳴らし続けてしまって、とうとう9回め。
さすがにもう切ろうとした時、呼び出し音がふと止まった。
『ごめんね、雫さん、お客さんが来てて!』
耳のすぐそばで聞こえる彼の声。
電話で話すのは初めてじゃないのに彼を意識し始めたせいか昨日のせいなのか、心臓が急にバクバクと騒ぎだす。
頭の中で作り込んだ台本は、彼の声を聞いた途端どこかへ飛んでいってしまった。
「忙しい時にすみません!」
『ううん、全然大丈夫ですよ。あ、昨日は』
「き、昨日は、本当にすみませんでした!!」
咄嗟に被せて謝ると、電話越しに彼のくすくす笑う声が聞こえてきた。
『どういたしまして』
「あの、私……重かったですよね」
『いえいえ、全然!それに、すごく楽しかったです』
そう言ってまたくすくす笑う。
記憶がない分、恥ずかしさは大きかったが、それより何よりも、不思議と彼の姿が手に取るようにわかってしまうことにドキドキした。
きっと――彼は今、目尻にシワを寄せながら微笑み、店の棚に軽く寄りかかっている。
毎月の打ち合わせで見てきた彼。
電話を受ける時はいつもそんな感じだった。
『雫さん、また誘ってもいいですか?』
「も、勿論です!!」
『良かった。じゃあ、また近いうちに』
切れた電話を耳から離せずに、彼の余韻に浸る私が鏡に映っている。
高揚した自分を見たくなくて携帯を握りしめたままベッドに倒れ込んだ。
「……大丈夫か?私」
履歴の一番上にある彼の名前。
「……保さん」
馬鹿かもしれない。
そう思われても仕方ない。
けれど、私はただただその履歴を見続けた。見つめていたら、なんだか電話がかかってきそうな気がしたから。
「いや……そんなわけないない」
29にもなって、高校生みたいな自分の行動に恥ずかしくなった私はサイドテーブルに携帯を置いてからゆっくり目を閉じた。
触っていないのに、頬の熱がまだ引いていないのもわかった。
「……もー!!」
冷静さを取り戻さなきゃ、そう思ったその時、置いたばかりの携帯が突然震える。
「もっ!もしもしっ!!」
慌てて出て……失敗した。
2コールで出た私に、その相手の嬉しそうな声が響く。
『風邪ひいてない?』
電話の相手は柏木だった。
それだけ確認すると彼は言う。
『昨日貸したジャケット、明日着るから7時にかんだまで。よろしく!』
一方的に切れた電話。
すぐに出掛ける支度をすることになった私は、保さんに惚ける時間なんてなくなってしまった。
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