bread-8 スコール

 大胆なことを言ったくせに、答えを聞くのが怖いと思う自分がいて、降りだした雨に助けられたと思ったのは嘘じゃなかった。


 ぽつり、ぽつりと地面を濡らす雨は、どんどん酷くなり、ゴロゴロと鳴る雷はどんどん私たちを追い詰めた。


「走ろう」

「は……はい!」


 大急ぎで駅まで向かう。

 彼はきっと無意識だろうけど、右腕で私を庇いながら走る。

 その仕草にすごくドキドキした。


「あ!私の車!乗ってください!」


 駅より手前にある駐車場。

 停めてあった自分の車が目に入る。

 彼は何となく躊躇っているような素振りをみせたけど、私が扉を開けたまま動こうとしなかったからか、やっと助手席に座った。


 車に乗り込んだ直後、示し合わせたかのように雨はもっとひどくなった。


 スコールに包まれた私の車。

 滲んでしまった外の景色。

 それを綺麗だと思う自分がいた。


「海の中、みたいですね」


 おかしな女だと思われてるだろう。


 パンを無理に渡してきたかと思ったら、

 次は自分を好きになってくれないかと願い、無理に押し込めた車内で変なことを口走る。


 おかしな女だと……彼は気持ち悪がっているかもしれない。

 ――そう思った。


 だから、戸惑いながらこっそり盗み見た彼の横顔。

 でも彼は、まっすぐフロントガラスを見つめながら『ほんとだ』と少し微笑んだ。


 嬉しくて、でも何だか切ない。


 そんな気持ちのまま、その横顔に見とれていると、濡れた前髪から雨粒が一滴垂れて、鼻を伝っているのに気が付いた。



「た、タオル!!」



 見とれてる場合じゃないじゃない!


 シートとシートの間から後ろの座席に手を伸ばしてタオルを引っ張る。


「こ、これっ使って下さい!」

「大丈夫だよ」

「だめです!風邪ひいたら!」


 無理矢理押し付けたタオルと、勢いよく近付いた二人の顔。



 時間が一瞬、止まった。



 引き寄せられたままの視線と、至近距離の手のひら。

 雨音に包まれた二人きりの車内。



 きっと何かが私たちにイタズラした。



 垂れる水滴。

 彼の頬に流れた水滴。

 離れない目と目。


 彼は、私が座る運転席のシートに左手をそっとついた。



 そして



 私の頬に、次の水滴が落ちたそのすぐあと――私と彼の唇が重なった。

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