school-8 写真

『ごめん』


 それだけ呟いたあと、イチは私を家の前まで送り帰って行った。


『……イチ!!』


 いつもなら、どんなに小さな声で呼んだってすぐに振り向くのに、その時は一度も振り返ってくれなかった。


 あの日から、イチと私との間に見えない壁が出来たと思う。


『イチ!おはよ!』


 次の朝、いつも通り、いつものままの私を意識してかけた声。


『……はよ』


 ちらりとこっちを見たイチの顔。

 いつもと違う静かな返し。


 私の中にも臆病な部分があるらしい。

 言葉に詰まって、そのあとは何も話せなくなった。



「萌ちゃん!」

「……あ、……りっちゃん」

「ぼーっとしてたけど大丈夫?」

「……あ、うん」

「隣のクラスの子が呼んでるよ?」


 りっちゃんが指差した前の扉。

 視線を送った先には女の子が二人、私を待っていた。



「……イチの写真?」

「そう!持ってたら送ってほしいなー!と思って!」

「……そんなの、ピッて撮ればいいじゃん」

「瀬戸くん撮らせてくれないんだもーん」


 目の前でそう盛り上がる二人は、私ならイチの写真を持っていると思ったらしい。


「……じゃあ、お互いを撮るふりしてこっそり撮ったら?」

「ちゃんとこっち向いてるのが欲しいの!」


 いつもの私なら、『しょーがないなー。じゃあ今から撮りにいこっか!』とか言ってたかもしれない。


 でも……なんか面倒くさい。

 それに、なんか……面白くない。


 そして、たった今、気が付いた。



「私、本当にイチの写真、持ってないんだ」



 ***



 リビングのソファーに座り、もうずっと同じ姿勢をしてる。


「帰ってからずっと携帯見てるけど、どうかしたの?」


 目の前に座ったママがそう聞いてきた。


「うーん……イチの写真ないなーと思って」

「どうしたの?急に」


 ママは少し驚いたんだと思う。


「んー。大した理由はないんだけど……」

「……そう?」

「考えてみたら集合写真ですらないかも」

「確かに、イチくんと同じクラスだったのって幼稚園の時と、こっち戻ってすぐの時だけよね」



 ――幼稚園。



「……幼稚園の時のイチを覚えてないもん」



 私のその言葉を聞いたママはすぐに、すごく申し訳なさそうに『ごめんね』と謝った。


 そんなつもりなかったのに。

 そんな顔させるつもりなかったのに。

 ママが悪いわけじゃないのに。


「……あ!幼稚園の時のものが入ってる箱あったよね?!見てみよ~!なんか面白そうだし!」


 私はそう誤魔化して、階段の前半をかけ上がる時だけ無理に元気なふりをした。

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