alcohol-7 デート

「先週は柏木先生で今週が風間さんって……モテキか!!」


 保育終わりで拭き掃除をする私の横に、ぴったりくっついた未央は、私の顔を覗き込んではニヤニヤと笑った。


 彼女のアドバイスを真に受けた訳じゃないけれど……


『いつもと違う雰囲気で行かなきゃだめだよ!髪も下ろして!』

『仕事じゃなくてデートなんだから、いつもの凛々しい感じはなしね!わかった!?』


 その言葉に無意識に従っている私がいた。


 園では、いつも上下動きやすさ重視の汚れてもいい格好だし、研修会なんかは黒のスーツと決めていた。

 保さんのところに行く時は、園からの帰りばかりだったから……未央に言わせてみれば『論外』だ。



『可愛い格好してきて喜ばない男なんていないんだからね!』



 そりゃ、私だってそれくらい理解できるけど……


 肩下まである髪。

 いつもは1つに纏めているからか、ただ下ろしただけなのに落ち着かない。


 待ち合わせの隣街駅前。


『イタリアンでも食べましょうか?いい店があるんです』


 彼を待つ間、私は何度もガラスに映る自分の姿を確認した。


「おかしくないかな?」


 悩みに悩んで選んだ紺のワンピース。さらりとした生地でシンプルな形だけど、ワンピースというだけで、いつもより頑張っている証だった。


「お化粧、いつもより濃かったかな」


 バックから取り出した手鏡で、マスカラの睫毛を確認した。

 保さんの好みなんて聞いたことがないけれど、本当に喜んでくれるのだろうか。


 ふいに作ってしまった眉間のシワを慌てて伸ばした。



「あれ?高松さん?」



 そんな時、急に後ろから声をかけられて、聞き覚えのあるその声にハッとする。


 ――ここが奴の陣地だと忘れるほど私はいっぱいいっぱいだったのだ。


「か、柏木さん……」


 振り向いたそこには、にこにこと嬉しそうに微笑む彼、柏木 豊の姿があった。


「もしかして、今度は誘いに来てくれた?」


 そう言いながら、隣に立ち、私の顔を覗きこむ。


『諦めてなんか全然ないんだよね』


 私をじっと見つめる彼の視線に、先週のあのセリフを思い出してしまう。


「からかわないでって言ったでしょう!」


 慌ててそう答えた私に、彼は表情も変えずに言い放つ。


「からかってないって。きっと俺たち相性がいいよ?飲んでても楽しいでしょ?」


 な、な、なんだこいつ。

 確かに一緒に飲んでて嫌な感じはしなかったけど。でも、だけど、何度断っても、何を言っても全く通用しない。



 やっぱり異世界の住人だ。



 私はもう一度首を横に振ったが、彼は全く気にも留めていない。


 それどころか……


「こういう格好初めて見た」


 と、頭の先から爪先まで見ると「すげぇ可愛い」と顔をくしゃくしゃにして笑った。



 ば、バカじゃないの!

 あ、あんたの為じゃないし!!



 不覚にも、その優しい反応に負けそうになった私は、咄嗟にキツい言葉を何個も何個も投げ掛けて対抗した。



「……雫さん?」



 大きな声で文句を言い、さらに、いつもと服装やら何やら雰囲気が違う私に、探り探りで声をかけた人。


 そこにいたのは他の誰でもない。

 ……保さんだった。

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