Office-7 本当の始まり

 その瞬間まで、私は喉に飴でも詰まってるのかと思うくらい苦しかった。


 課長と向かった東桜ホテルの関係者専用口。

 時計の針は21時を迎えるところだった。


 午後一番から始めた作業がついさっきやっと終わった。


『紗良ちゃん、この騒ぎは……?』

『て、手伝わせて!!』

『じゃあ、先に届けに向かいますっ!』


 終業後、急遽手伝いに加わってくれた同期の神田くんには配送までさせてしまった。



 ……こんな自分は初めてだった。


 指先はどれだけ握っても冷たいままだし、力を抜くと溢れてきてしまいそうな涙と、力を入れると震えてしまう両足。



「きちんと謝ること、ただそれに尽きるからな」

「はい!」


 そう言って、課長が扉をゆっくり開ける。


 その瞬間、その瞬間まで本当に苦しかったんだ。



「倉科!?」


 扉を開けた途端、立ち止まった課長がそう声をあげて驚いた。


 ――え?!


 課長の背中越しに慌てて中を覗くと、ワイシャツの袖を肘まで捲り、ネクタイを第三ボタンの下あたりに挟み、会場セッティングを手伝う彼がそこにいた。


「倉科さんっ!」


 驚き声をあげると、彼はやっと私たちに気付き、軽く1度頷き微笑んだ。



「倉科、お前明日帰ってくる予定じゃ……?!」

「奈津子さんから連絡貰ったんで泊まらずに帰ってきました」

「あ、あぁ……そうか!そ、それで吉田さんは?!」

「あぁ、さっき着いた残りの1000個の確認に裏行ってます」

「そうか、じゃあそっちに……麻生!行くぞ!」



 私は、いつの間にか、苦しいことをすっかり忘れていた。


『次から気をつけて下さいよ~』


 吉田さんは、もう全然怒ってなくて、それが倉科さんのおかげだということは明らかだった。


 課長は安堵して、社へ戻って行った。


 私は、吉田さんに頼み込んで、さっき納品した残りのギフトを東桜ホテルの紙袋に詰める作業を手伝わせてもらった。


 私はその間、何度も何度も目で追った。


 何度かその姿が滲んだこともあった。



『倉科さん、すみませんでした!!』


 課長が帰ったあと、思い切り頭を下げた私。


 怒られて当然だった。

 嫌味の一つや二つ言われたって仕方がなかった。


 ――それなのに。


『失敗は成功のもと、だよ』

『泣かずによく頑張りました』


 彼はそう優しく微笑んだ。

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