school-6 彼女のキモチ

 もうすぐ夜の7時半。


 その電話のせいで、テスト前日だというのに自転車で飛び出すことになった。


『イチ大変!生物のプリントがない!絶対テストに出すって言ってたやつがどこにもない!!』


 まだまだ冷たい春の夜の空気はとても気持ちが良くて、長い坂を下れば下るだけ目が冴えた。

 ペダルから外した足も快調に風を割く。

 彼女が頼ってくることが、やっぱり嬉しい俺は頬が緩むのも止められなかった。


「イチー!!感謝感謝!!」

「……たく。前日にやろうとするからだろ?」

「ママー!これコピーしてー!」


 相変わらず俺の小言を重要視しない萌は、プリントが手に入っただけで勉強までもクリアしたかのようで。


「なんか飲んでって!お礼!」


 ――と、急に余裕な顔をした。


「イチ、ごめんね。何がいい?」


 カウンター越しに苦笑いしたその人は、萌の父親の雪さんだった。


「じゃあ……牛乳で」

「違うの飲めばいいのに!」


 いつの間にかコピーを受け取ってきた彼女は、貸したプリントをヒラヒラさせながらそう言った。


「……べ、別に良いだろ!」

「お腹壊したら困るから温かいのにしなよ!」


 相変わらず俺を小バカにする彼女と、それを怒る俺。

 やれやれ。と微笑みながら、雪さんはホットミルクが入ったマグカップを目の前に置いた。


 膜がきちんと取られた丁寧なそれは、家で母さんが作るのよりも断然うまい。

 驚いた顔をしていたのだろうか。

 彼女は得意気に笑った。



「雪ちゃんビール!」

「雪さんビール!」


「うちは居酒屋じゃないんだけど?」


 カランカランと聞き慣れたドアベルをさせて入ってきた二人の女の人。

 雪さんのその対応に、知り合いなんだろうな、とただ単純にそう思った。


 このあと、萌が口を開くまで、俺は何にも知らなかったんだ。


 この人が誰で、今までずっと萌が何を想ってきたのかも。

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